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【社説】2020年11月23日:電気をためて使う技術を伸ばそう/虐待防止へ体制強化を急げ

電気をためて使う技術を伸ばそう

記事本文

www.nikkei.com

要約

蓄電池と水素エネルギーのコスト減を達成するため、技術革新が待たれる。

感想

電気をためて使う技術と言えばスマートフォンのバッテリーが身近にありますが、これは蓄電池、もしくは二次電池と呼ばれるものです。

電池について調べていると、電池工業会という社団法人に行き当たりました。

www.baj.or.jp

この電池工業会によると、11月11日(電池の日)から12月12日(バッテリーの日)までは電池月間と呼ぶそうです。ちょうどいまも電池月間ですね。

 

同会のHPには子ども向けのPRサイトもありました。

読んでみましたが、なかなか面白くためになります。

www.baj.or.jp

このサイトにも書かれているように、電池は電解液・プラス極・マイナス極の三者が化学反応を起こすことで電気を発生させています。

一般的な使い捨ての電池(一次電池)はこの化学反応が終了するとそれ以上電気を発生させませんが、充電可能な蓄電池(二次電池)は電気を発生させる反応と逆の化学反応を起こすことで元の状態に戻し、再度電気を発生させることを可能にしています。

 

ここで面白い記述を見つけたので紹介します。

アルカリ乾電池とマンガン乾電池の違いは何ですか?

(1) 中に入っている材料は両方とも、プラス極材料に「二酸化マンガン」、マイナス極材料に「亜鉛」を使っていますが、材料の量や形、部品そして、中の作りが違います。

(2) パワーが違います。
・アルカリ乾電池は
パワーがあり、長持ちです。大きな電流を必要とする機器に向いています。
例)CDプレーヤー、MDプレーヤー、強力ライト、ミニ四駆 など
マンガン乾電池は
休み休み使うと、電圧が回復するという特徴があります。小さな電流で休み休み使う機器に向いています。
例)時計、懐中電灯、リモコン、携帯ラジオなど

子どもの頃に工作などで電池が必要になった際、マンガン電池よりもアルカリ電池の方がパワーがあって価格も高かったので、子ども心にマンガンよりもアルカリの方が優れていると思っていました。

ですが「休み休み使うと、電圧が回復する」というマンガン電池の特徴は、人の生き方にも重要な示唆を与えてくれるように今では思います。

 

子どもの頃は毎日が全力で、エネルギーを最大限使っていました。アルカリ電池に似ていたかもしれません。

それでも一晩寝れば体力が復活し、また翌日も力いっぱい活動できました。

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今は目の前のすべてに全力を注ぐとパンクしてしまいますし、一晩寝ても体力が全回復とまではいきません。

マンガン電池のように、休み休みやっていくのが賢明でしょう。

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ローマの哲学者セネカが著した「心の平静について」に書かれた次の言葉も、現代に生きる私たちの良い助けとなるでしょう。

・・・精神にはくつろぎを与えてやらねばならない。休息のあとには、精神にはより優れた、より活発な働きがよみがえる。ちょうど、よく肥えているからといって畑地を酷使してはならないのと同様――たとえ豊作が続くとしても、休耕期を置かない畑地はたちまち疲弊してしまうからだが――、間断のない労苦は精神の活力をそいでしまうのに対して、しばしのくつろぎを与えられ、しばしの安らぎを与えられた精神は活力を取り戻すのだ。

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ルキウス・アンナエウス・セネカ

 

虐待防止へ体制強化を急げ

記事本文

www.nikkei.com

要約

社会の宝である子どもの虐待を発生させないよう、頭を使う必要がある。

感想

今年の春ごろは緊急事態宣言が出されており、休校で家にこもりきりという家庭も多く、ストレスから虐待の相談件数が昨年に比べ増加してしまいました。

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厚生労働省HPより筆者作成

なお件数は毎年増加しており、今年も過去最多を更新してしまう見込みです。

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出典:厚生労働省

核家族化の進展や一人っ子の増加、あるいは少子化の影響で近所で一緒に遊ぶ子どもや相談、愚痴を言い合えるママ友のような存在が少なくなっているのかもしれません。

そこへ外出自粛も重なり、子育てをする親の孤独感がより一層深まってしまったのではないでしょうか。

 

また親同士のDVを子どもの前でしてしまう「面前DV」も増えているようです。

職場やレストランでもそうですが、自分が怒られていないにしても、人が怒られているのを見るのは気分がいいものではありません。

ましてや暴力が伴う場合は、その精神的苦痛は耐えがたいものでしょう。

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ちなみに、他の人が怒られているのを聞いて気分を害さないための方法として、ドラマが上映されていると考えるのが良いと本で読んだことがあります。

しかしこれは大人の対処法であり、そもそもそうしたことを人前ですべきではありませんし、子どもの前ではなおさらです。

 

自分の家の近くには公園や保育園があり、今も子どもの声が聞こえてきます。

時々お父さんやお母さんに怒られている子どもも見られますが、自分も含め周囲の人たちは他人事とするのではなく、やりすぎと思ったら声かけをしたり、自分が親になった時に同様のことをしないよう心に留めておくことが大切でしょう。

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プラトンの名著「ソクラテスの弁明」では、裁判で極刑となったソクラテスが、この世に遺していく自分の子どもたちをしつけてくれるよう、自分を断罪した人々に頼んでいます。

この言葉、及びその後語ったカッコいい最後のセリフで締めたいと思います。

・・・諸君、他日私の息子共が成人した暁には、彼らを叱責して、私が諸君を悩ましたと同じように彼らを悩ましていただきたい、いやしくも彼らが徳よりも以上に蓄財その他のことを念頭に置くように見えたならば。

またもし彼らがそうでもないくせに、ひとかどの人間らしい顔をしたならば、その時諸君は私が諸君にしたと同様に彼らを非難して、彼らは人間の追求すべきものを追求せず、何の価値もないくせに、ひとかどの人間らしい顔をしているといってやっていただきたい。

諸君がもしそれをしてくれるならば、その時、私自身も私の息子共も、諸君から正当の取扱いを受けたというべきである。 

 

しかしもう去るべき時が来た――私は死ぬために、諸君は生きながらえるために。

もっとも我ら両者のうちのいずれがいっそう良き運命に出逢うか、それは神より外に誰も知る者がない。

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ソクラテス