platonのブログ

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「恋は渾沌の隷也」とギリシア神話との関連について

はじめに

皆さんは、「這いよれ!ニャル子さん」というアニメをご存知でしょうか。

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アニメ「這いよれ!ニャル子さん」

こちらはアメリカの小説家ラヴクラフトが構築したクトゥルフ神話をモチーフにした、逢空万太氏によるライトノベルが原作のラブコメアニメです。

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原作「這いよれ! ニャル子さん」

コメディ要素も面白く、ヒロインのニャル子さんも可愛らしい人気アニメです。

その2期である「這いよれ!ニャル子さんW」のオープニング主題歌となったのが、今回考察する「恋は渾沌の隷也(こいはカオスのしもべなり)」です。

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アニメ2期OP「恋は渾沌の隷也」

クトゥルフ神話とは

作品のモチーフになったクトゥルフ神話について簡単に解説すると、20世紀前半にアメリカの小説家ハワード・フィリップス・ラヴクラフトの作品群により形作られた空想上の概念であり、その後様々な作家によって著作の根底に存在する世界観として書き継がれています。

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ハワード・フィリップス・ラヴクラフト

この神話は太古の地球を支配していた旧支配者が現代に蘇ることを共通のテーマとしており、ニャル子さんの元になった「ニャルラトホテプ(Nyarlathotep)」も旧支配者の一柱です。

 

ラヴクラフトが著した作品に「ニャルラトホテプ」や「這いよる混沌(The Crawling Chaos)」があることから、ニャルラトホテプは異名として「這いよる混沌」と呼ばれることもあります。

ラノベタイトルの「這いよれ!」はここに由来しているのでしょう。

 

ラヴクラフトの作品に登場するニャルラトホテプは変幻自在に姿を変える異形として描かれており、かつ彼が宇宙的恐怖を内包する怪奇小説家であったことから、なかなかグロテスクな見た目で描写される場合が少なくありません。

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ニャルラトホテプの一例

恋は渾沌の隷也の考察

さて、ようやく本題です。

ちょっと目の保養のために、ニャル子さんの画像をはさみましょうか。

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ニャルラトホテプの一例(日本版)

このアニメ2期の主題歌「恋は渾沌の隷也」ですが、一見するとラブコメである本作を簡潔に表したようなタイトルに思えます。

しかし、この作品が「クトゥルフ神話"のみ"をモチーフにしている」という先入観を捨ててみると、次の考えが頭に浮かびます。

 

恋(=エロス)は渾沌(=カオス)のしもべなり

→この主題歌はギリシア神話を元にしているのではないか?

 

ギリシア神話について

プラトンの作品に登場する人物が頻繁に口にする「ゼウスに誓って言うけど」というフレーズで有名なゼウスを主神とする神話体系がギリシア神話です。

そこにはゼウスをはじめヘラやポセイドン、アテナといったオリュンポス十二神と、その敵としてのゼウスの父クロノス率いる神々(ティターン十二神)との争いを含む魅力的なエピソードが多数収録されていますが、ここでその神話について簡単に解説しようと思います。

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ニコラ=アンドレ・モンシア「オリュンポス十二神」

今回参考にしたのは、ギリシア神話の原典とされる古代ギリシアの叙事詩人ヘシオドスの「神統記」です。

彼によると、まず世界のはじまりとしてカオス(渾沌)が生じたそうです。

次いでガイア(大地)やタルタロス(奈落)、そしてエロス(美、愛、恋)が生じたとのこと。

ガイアはウラノス(天)を生み、支配者となったウラノスの子どもとしてクロノスが生まれました。

 

このクロノスは父ウラノスを憎み、母ガイアの助けを借りてウラノスの陰部を鎌で刈り取り去勢したのです。

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ジョルジョ・ヴァザーリ「クロノスとウラノス」

そして刈り取られた陰部は海に投げ込まれ、しばらくするとその周囲の泡から女神アフロディーテ(ヴィーナス)が誕生しました。

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サンドロ・ボッティチェリ「ヴィーナスの誕生」

クロノスも子どもをつくりましたが、自分が父ウラノスにしたように王座を奪われるという恐れから、子どもたちを飲み込んでしまいました。

何とか逃れた末っ子ゼウスは成長し、やがて父クロノスが飲み込んだポセイドンやハデスといった兄弟たちを助け出します。

 

クロノスは巨体を持つティターンの神々を率い、ゼウスはオリュンポスの神々を率いて戦い、ゼウスが勝利をおさめます。この戦いを「ティタノマキア」と呼びます。

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コルネリス・ファン・ハールレム「打ち負かされるティターン」

その後現れた裏ボスのテュポーン(ガイアとタルタロスの子ども)も打倒し、彼らを奈落のタルタロスに幽閉します。

 

戦いに勝利したゼウスは神々の王となり、その息子がまた王位を継ぐ見込みでしたが、生まれる前に妻を飲み込むことで王位継承の流れは終わり、ゼウスが君臨し続けることとなりました。

 

以上が、「神統記」に描かれているギリシア神話の概説です。

ヘシオドスは、エロスについて原初の神々の一柱であったとしつつも、他の神々のような子孫の系譜等を一切書いていません。

 

では、エロスはどんな神なのか。

それを知るのにうってつけなのが、プラトンの「饗宴」です。

 

エロスをテーマした飲み会「饗宴」

プラトンは恩師ソクラテスを登場人物とする対話篇で、文学的美しさをもって哲学を語ることで知られていますが、彼の著作の中でもひときわ芸術的輝きを放つのが「饗宴(きょうえん)」です。

これは現代で言う「飲み会」のようなもので、当時のギリシア人は飲み会の際に仲間たちと様々な議論をしていたことからこの作品は生まれました。

 

作中には「二日酔いで今夜は飲めない」と言う者や、途中で駆け付け「お前ら飲んでなくない?」と大きな杯に酒を注いで自分で飲み干し、また注いで隣に渡して順に飲むことを強要する者、いつの間にか眠っていて起きたらまだソクラテスと数人が飲んでいたことを目にする者など、大学生の宅飲みのような様子が描かれており、そうした描写を読むだけでも非常に面白い作品です。

 

本作で飲み会のテーマとして挙げられたのが「エロス」についてです。

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エロスの彫像(一部修正)

なぜこのテーマになったかというと、飲み会の参加者の一人が「他の神々を賛美する歌はたくさんあるのに、あれほど偉大な神エロスを賛美する歌が無いのはおかしいじゃないか」と言い出し、それでは各々がエロス賛美の演説をしようという話になったためです。

 

登場人物たちは、次のようにエロスを語っていきます。

  • パイドロス(言い出しっぺ):エロスは最も古い原初神の一柱だから偉い。
  • パゥサニヤス(弁論家):エロスには気高きものと万人向けのものとの2種類あり、前者は徳に向かうが、後者は俗物に愛される。
  • エリュキシマコス(医者):2種のエロスがあることには同意するが、それらの調和が大切。
  • アリストファネス(喜劇作家):人間は元来2人で1つの球体だったが、ゼウスによって分けられ今の形になった。人を愛するのは元の姿になろうとするためであり、自分の片割れを探し出すためにはエロスを賛美すべき。
  • アガトン(悲劇作家):エロスは最も美しく優れた神であり、他の者にも良い影響を与える。
  • ソクラテス(主人公):エロスは美醜や善悪の中間に位置しており、智慧(ちえ)を求める愛智者(フィロソフィア)である。なぜなら、すでに智慧持つ智者である神々は智者になろうとはしないし、無知な者もまた智者になりたいと思わず、その中間にある者が智慧を望むのだから。そして人が幸福のために美を愛するなかで「永遠不変の美(美のイデア)」を観るに至ることこそが生きがいであり、そのためにはエロスが最も良い助力者となるのである。

彼らはこのようにしてエロスを語り、美と愛・恋の神として賛美します。

 

恋はカオスのしもべなのか

さて、ここで本題に立ち返ります。

「恋はカオスのしもべなり」という曲名がクトゥルフ神話のみに由来しているのではなく、ギリシア神話とも関係していることは、ヘシオドス、そしてプラトンによって明らかにされました。

では、饗宴の参加者になったつもりで、ギリシア神話の視点からこの曲について考察してみましょう。

 

神話で恋(=エロス)はカオスやガイア、タルタロスと同期の原初神とされておりますが、3柱の神々がそれぞれ子孫を生み出しているにも関わらず、エロスにはそうした描写はありません。

もしもエロスがカオスのしもべなのであるとするならば、さしずめ同期が出世して家庭を持ち、片や独身の自分が部下になったようなものでしょうか。

 

またエロスは世界の始まりの一節以外にも一度だけ登場します。

彼は、ウラノスの陰部の泡から誕生したアフロディーテが神々の仲間に入る際に、エスコートをするという役割を果たしています。

ですが会社の行く末を決めるゼウスとクロノスとの争いでも登場しなかったことから、エロスは本当に窓際社員だったのかもしれません。

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窓際社員となったエロスのイメージ

しかし、原初神たる彼は会社における会長と同期で入社しており、ゼウスとしても扱いに困ったのではないでしょうか。

カオス=会長が現役社員の頃はしもべ=部下として働くこともあったでしょうが、カオスが一線を退き、クロノスやゼウスの時代になってからは、そうしたこともなく窓際族として悠々自適に暮らしていたのではないかと思います。

 

というわけで、「恋はカオスのしもべか」という問いに対しての答えは、「以前はそうだったが、今はもう違う」となります。

 

おわりに

クトルゥフ神話の創始者ラヴクラフトのルーツについて調べていたところ、彼は6歳ごろにはギリシア神話を元にした物語を自作していたそうです。

そうした幼少時代を考慮すると、クトゥルフ神話をモチーフにしたニャル子さんの主題歌がギリシア神話とつながっていることにも合点がいきますね。

 

ちなみに問いの答えと似たフレーズである「前はいたが、今はもういない」というセリフで有名なのは、皆さんご存知国民的アニメ「蒼穹のファフナー」に登場する「カノン・メンフィス」ですね。

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カノン・メンフィス

シリーズ最新作の「蒼穹のファフナー THE BEYOND 7-8-9話」が2020年11月13日から映画館で先行上映されます。

大ヒット上映中の鬼滅の刃に勝るとも劣らないほど印象深い作品であり、シリーズ中にはティターンの名も登場しますので、気になった方はぜひ。おすすめです。