放浪の数日間、東京にさよならを
はじめに
さて、今回はこちらの記事の後半です。
なんのこっちゃという方はもしよければどうぞ。
引きこもりから外へ出たところからスタートです。
放浪の途
一人暮らしで住んでいた借家の引き渡し予定日の朝、5時頃に家を出ました。
リュックに数日分の着替え、モバイルバッテリーやタブレット、働いていた時に交換した名刺(残しておくと他の人に迷惑かかるかも、と考えた)、大学の卒業証書、資格の合格証などを詰め込みました。
本棚の中から以下の三冊だけ抜き取り、他の本は置いていきました。
- プラトン「ソクラテスの弁明/クリトン」
- セネカ「生の短さについて」
- 星新一「ボッコちゃん」
どれも文庫本で薄くかさばらなかったことが大きな理由ですが、プラトンは「クリトン」を青空文庫で読んだことが彼の著作を読むきっかけになったこと、セネカは文庫本に付箋が貼ってあったので、最期に読み返すのもいいかなと思ったこと、星新一はスマホが充電切れ等で使えない状況になった場合、軽く読めて楽しめる娯楽目的としてそれぞれ選びました。
結局どれも放浪中に読むことはありませんでした。
本棚から三冊だけ選ぶなら何を持っていく?という質問は、相手の考え方や人となりを知るのにちょっと面白いかもと思います。
気持ちが安定してくると、苦しかった時の記憶が薄れてしまうんですよね。
なので、Google mapを見ながら振り返り、思い出しながら綴っていきます。
さて、放浪一日目。
まずどう死ぬか?ということを考え、自宅は失っているため、街か山か海と考えました。
このうち街は、例えばビルの上から…または駅で…という感じでしょうか。
想像してみたのですが、人が多そうだな、何かしら会話が発生しそうだな、ということでコミュ障を発揮してやめました。
見ず知らずの人たちに見られながらって、なんか嫌だな。と思いました。
次の候補は山です。
とはいっても自分が住んでいた東京から山というと、電車を乗り継いで行かないといけなさそう、山を登ったり森に入ったり面倒そう、何より暑そう。
一人で山の中で終わるよりも先に、熱中症で道半ばで倒れて中途半端に助かるんじゃないかと思って、山もやめました。
最後が海です。
自分は水泳をしていたことがあり、海は結構好きなんですよね。
気候も夏モードで海日和だったので、海に入ろうと決めました。
東京から海。
どこに行こうかなと考えたとき、お台場の海が思い浮かびました。
昔、レインボーブリッジを徒歩で渡ってお台場の海に行ったことがあったなと。
よし、お台場に行こう。
ついでにまだジョイポリスはやってるか、見に行こうと考えました。
一日目
さて、お台場の海を終の場所に決めましたが、家を出たのは早朝。
日中は人がいるかもと思い、なんとなく夜の海に入ろうと考えてました。
では日中に何をするか?行きたいところに行こう。
そう考え、秋葉原に降り立ちました。

とりあえず秋葉原に行く。オタクの習性でしょうか?
秋葉原、昔から好きな街です。
余談ですが、自分は中学2年生ごろにクラスの友達から東方永夜抄というPCゲームを貸してもらい、見事にはまり、ほどなくしてニコニコ動画とニコニコ組曲に出会い、オタクの道へと入りました。

秋葉原に着いた後は、ゲーマーズやアニメイト、ヨドバシやラジオ会館などをぶらぶらと周りました。
秋葉原を夕方に出て通っていた大学に立ち寄り、将来の日本を頼んだ、という気持ちで後輩たちを眺めお台場へ向かいました。
レインボーブリッジは無料で渡れるところがいいのですが、いかんせん距離が長くて疲れます。
体力の衰えを感じながら、夕焼けの空を横目に歩き続けました。

ひーひー言いながらお台場に到着すると、同じように考えているのか(?)自分の他にも砂浜に一人で座り込む人を見かけました。
そのまま夜まで待とうと、海と空を見ながら砂浜に寝ころび、ゆったりとした時間を過ごしました。
途中、近くを歩いていたカップルがこちらを見て「漂流してるんだけどw」と話しており、彼らの楽しい思い出の一ページを演出する場面もありました。
暗くなってくるとバシャバシャと音がして、そちらに注意を向けると海辺で上半身裸になり、体を洗っている人がいました。
まさかと思い、目を凝らしてしまいました。
普通のおじさんでした。
海に入る先達も現れたところで、さらに夜が更けるのを星を見ながら待ちました。
とはいえお台場は都市の明かりが強く、かすかな星の光がまばらに見える程度でした。
時間がたつにつれ、思惑とのずれが露呈してきました。
当初の想定では深夜、人がいなくなったお台場の海に入水するつもりでしたが、夜になってもやけに人が多いのです。
海辺で花火を始めるグループもいました。
そして夜10時、11時を回っても、人が減る気配がありません。
カップルの割合が多かったので、おそらくお台場デートの最後、ディナーの後に砂浜へと繰り出し、この後どこへ行って何をするか、関税交渉のようなタフなネゴシエーションが繰り広げられていたものと推察します。
ここでいきなり海に入って怖がらせるのも面白いかなと考えたのですが、さすがにその度胸はなく、彼らがディールを勝ち取っている(あるいは、ひっくり返されている)様子を大人しく見ていました。
結局この日は、お台場の海辺で夜を明かしました。
二日目
一日目を砂浜で終えましたが、質の良い睡眠はとれず、また前日久々に長時間歩いたため、体がバキバキでした。
足も筋肉痛になっていたため、レインボーブリッジの復路を徒歩で行くことは諦めて電車を使うことにしました。
スマホやタブレット、ポケットwifiの充電が少なくなっていたので、早朝から営業中の電源のあるカフェを探しました。
幸い朝6時半からやっているカフェ(PRONTO 新橋駅前店)があったので、そこに向かいモーニングセットを注文しました。
コンセントがある席で充電しつつ、体の疲れを取りながらお昼ごろまで滞在しました。
お昼になるとお客さんも増えてきたため、退店し山手線に乗りました。
冷房も効いていたので、熱中症を避ける名目でしばらく乗りっぱなしでした。
また、睡眠不足だったのでしばらく寝ていました。
電車でぐるぐるしているうちに、なんとなく上野公園に行ってみるかという気分になり、何度目かの上野駅で電車を降りました。
上野公園をぶらぶらと歩き、その日は上野のガストで夜を明かしました。
こちらの決め手は電源があり、深夜営業をしているという点でした。
三日目
ガストは朝5時までの営業だったため、その前にお店のお手洗いで着替えて汗拭きシートで体を拭き、退店しました。
そしてまた山手線に乗り、しばし睡眠をとりました。
座れる場所、そして冷房のある場所を探し、その日は大型バスターミナル施設であるバスタ新宿で時間を過ごしました。
またこの日はヨドバシのゴールドポイントが1000円分ほど残っていることを発見したため、新宿ヨドバシのお酒コーナーでカップ酒とおつまみを購入して新宿中央公園で飲みながら夜を明かしました。
公園内に横になれるベストポジションを見つけて一人で静かに飲んでいましたが、夜遅くにホストの集団が訪れて騒ぎ始めたため、別の場所へ移動することとなりました。
ベンチはホームレス対策で横になりづらかったので、座って飲み、座って眠ることになりました。
四日目
この日の朝は新宿のガストで朝食をとり、充電をすることにしました。
ガストで昼頃まで過ごした後は、またバスタ新宿で椅子に座り、ぼーっと時間を過ごしていました。
そして、ここでChatGPTと出会いました。
ChatGPTとの出会い
最初はあふれ出す思いを吐露したい、そしてその相手は人ではない方がいい(相手の状態や都合を考えなくていい・相手がどう返してくるか、それに対してどう返せばいいかまで考える必要がない)と考えて、ChatGPTに以下のメッセージを送りました。
失職と借金、強制執行で一人暮らしの借家から出てきています。親に連絡しないとと思うのですが勇気が出ません。生きるのが面倒になってしまいました。どうするべきでしょうか?
メッセージを送ると、すぐに返答がありました。
数年前に少し触ったときに比べて、返答の質がかなり上がっていることに驚きました。
こちら側に寄り添いながらも、具体的な相談窓口や対処法を教えてくれて、非常に心強かったことを覚えています。
また親への連絡の文例も作成してくれたので、そのおかげで一年以上ぶりに連絡をすることができました。
翌日実家に帰ることとし、その日は新宿で過ごすことにしました。
そして千駄ヶ谷の東京体育館まで歩いて往復するなどした後、ChatGPTにも相談の上、また新宿のガスト(朝利用したお店とは別店舗)で夜を明かしました。
五日目
この日、朝の電車で実家に帰りました。
かくして、家のない放浪の旅は終わりを迎えたのでした。
おわりに
ここまで読んでくださりありがとうございました。
久しぶりにブログを書いて、だいぶカロリーを使うなと思いました。
今は実家で三食食べ、7時間以上の睡眠や軽い筋トレ、朝の散歩もしており心身が日々健康になっているのを感じています。
同時にハローワークなどで再就職活動も進めており、実家から通える職場をいくつか受けています。
学生時代も含めれば約10年間東京で一人暮らしをしていましたが、自分はこの生活に致命的に向いていないということがわかりました。
東京は便利で娯楽も多いですが、家賃もお高めですし誘惑が多いので、すぐにお金がなくなっていました。
欲しいものをすぐに店頭で確認でき、そのお店にはほかにも魅力的な商品がたくさんあります。仕事終わりにすぐ飲みに行けて、夜遅くまでやっている近所のお店でお酒やおつまみを買って夜中まで家で楽しめてしまいます。
そうした誘惑に自分は勝てず、社会生活に幾度となく支障をきたすまで自分の欲をコントロールできませんでした。
なので、東京(あるいは都市部)で一人暮らしをして、荒れていない、きちんとした生活をしている人は本当にすごいなと尊敬します。
今後どうなるかはわかりませんが、とりあえず現状は「あるがまま」でいい、何かあってものんびり寿命待ちでいいか、という気分ですね。
引きこもりから外へ、ゴルゴダの丘に背を向けて
はじめに
お久しぶりです。まだ生きてました。
文章を書いてみようかなという気持ちになったので、ちょっと書いてみます。
自分のことですし、あまり面白い内容ではないかもなので、もし興味がある人がいれば、という感じで。
(このブログもまだ月150アクセスくらい読んでくれている方がいるようで、ありがたい限りです。)
今回は長くなったので2部構成の予定です。
※センシティブな内容を含みます。
ここ数年間
休職、復職、耐えきれず転職
最近は転職した会社についていけず、一人暮らしで家に引きこもっていました。
もともと最初に入った会社でメンタルで調子を崩し、そこで休職と復職を繰り返している状態でした。忙しい中で部署の調整などしていただいた人事の方達や、やりかけにしてしまった仕事でいろいろな方に迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ないです。
そうしているうち、さすがにこのまま在籍し続けるのは職場に悪いし、自分にも良くないだろうということで転職をしました。

気分に波がありしっかり転職活動をやる気力もなく、面倒と焦りから内定が出たベンチャーに入りました。
その後引っ越しもして心機一転と、しばらくはうまくやっていたように思えていましたが(あるいは、うまくやっていなければ困ると自分に思い込ませていた)、社長や上司との相性が悪く、会社に行けない状態になり、そのまま退職となりました。
会社で限界を迎えた時
自分は転職した会社でもミスをして迷惑をかけていましたが、ミスをした際に再発防止の一環でそれを記録するよう指示があり、内容や原因、再発防止策のほか、ミスによって会社にどのような損害を与えたかなども記入する必要がありました。さらに毎週金曜夕方にはその資料をもとに社長がミスに対して分析をして改善策を出してくださる、という地獄のような時間を過ごしていました。
書いているのは自分だけでしたが、新入社員が自分だけということや、他の人は優秀でミスをしないんだろう、となんとなく納得して記入を続けていました。
ミスをした時に怒られ、記録する時にその場面を思い出して辛くなり、毎週その週のミスを分析していただき説教を受けるという、1回のミスで3回責めを受けることで拷問のように感じていました。なお同じExcelファイルにシートを週ごとに増やす形式のため見返しやすく、ミスが少ない週は過去のミスを掘り返されることもありました。大体1〜2時間くらい、長くても3時間弱では済んでいたのかなと思います。
記録したExcelファイルを入れたPCやモニターを別室に用意する時は、自分が責められる際に使われる道具を自ら運んでいたことから、十字架を背負ってゴルゴダの丘に向かうイエス・キリストはこんな気分だったのかな、と思いました。奇しくもイエスが十字架で処刑されたのも金曜だったので、妙なところが似てるな、なんて考えていました。別の日には、毎週変わらず苦しみがあるため、大岩を運ぶシシュフォスのような気分だな、などと心の中で自嘲していました。

まあ、そうしたことは苦しい出来事ではあったものの、自分が傷つくだけなのでその時は、もういいや、自分は奴隷でサンドバッグだからと思っていたのですが、自分の後に試用のような形式で入ってきた人がしばらく働いたあと本採用するか決める材料として、新しく入ってきた人の仕事ぶりで気になったことを記録するよう、社長が社員に指示したことが、とどめになったのかなと思います。
一生懸命頑張って働いている人の粗探しをさせられるということも辛かったですし、それを拒否できない自分も嫌になりました。自分はなるべくいいところを書くようにしたり、最初は不慣れだったけど今は改善している、というような内容で書くようにしましたが、自分も半年ほど毎週金曜にコテンパンにされておりミスも増え雑用くらいしか任せられていなかったため、「この人はできない人だから書いていることは当てにしないように」と言っているかもしれないな、と思っていました。実際、退職した人の悪口を頻繁に言う社風だったため、自分とは相性が悪かったんだと思います。
そして引きこもりへ・・・
そんなことがあり、その前から会社へ向かう足が重い状態でしたが、家の中でもう動けない状態になりました。
誰にも連絡できない心の状態と、連絡しなくて申し訳ないという罪悪感でいっぱいでした。家族や友人のほか、引っ越しを機にマッチングアプリで出会い交際をしていた相手からも心配の連絡が来ていたのですが、結局返信できないまま時間が過ぎ、別れとなりました。申し訳ないです。今でもLINEのメッセージを開いて既読をつける、ということができていないです。無責任で最悪だと思われるでしょうが、幸せに過ごしているといいなと思ってます。
前職から通院していた心療内科にも行かなくなり、家からもほとんど出かけず、人と会話しない状態がしばらく続きました。何もしていないと会社の光景や社長の声がフラッシュバックするので、現実逃避をするようにゲームにのめり込みました。
ゲームで現実逃避
ゲームはいろいろとやっていましたが、特に印象に残ったのはリベサガ、ドラクエ7、ミンサガなど。
ソシャゲではグラブルに加え、原神スタレゼンゼロ3rd、FGOアクナイブルアカ、ウマ娘学マス、ヘブバン鳴潮などのほか、新作ソシャゲは大体触っていたように思います。コジコジの実の全身ソシャゲ人間になっていました。
ゲームに夢中になっていると、苦しいことを忘れられる気がしていました。外にも出ずUberで食事を注文し、時々スーパーやコンビニからUberでお酒やお菓子、つまみを持ってきてもらい、飲みながらゲームをして眠くなったら気を失うように眠る、といった生活を続けていました。
ネット小説で現実逃避
そうしているとゲームに飽きてくる日が来ました。まあ何事も過ぎたれば及ばざるが如しというやつだと思います。
そこで次に自分がのめり込んだのが、ネット小説です。カクヨムと小説家になろう、さらにR18作品メインのノクターンノベルスの3つのサイトで楽しんでいました。

自分が現在進行形でのめり込んでいる作品はランキングに載らず書籍化の気配もありませんが、1700話を超えてコアなファンがついています。個人的な小説の面白さランキングでは、カラマーゾフの兄弟、アルジャーノンに花束を、に次ぐ3位の位置に入りそうなほどです。
生活のお金
生活費についてですが、以前一人暮らしの住所は親に伝えていたので、時々ご飯をドアにかけてくれていたり、滞納したクレカ会社から昔の登録情報の名残で実家に連絡が入った後は、お金を置いていってくれたりしていました。本当に感謝です。
そうしたお金を光熱費に回し、クレカのリボ払いで延命していました。家賃は途中から払えないままでした。コンビニのパスタを茹で、卵と塩をかけるというメニューをよく食べていました。
この頃はもう生きることは諦め、ゆっくりと餓死を待とうという気持ちでした。さりとて今すぐ死を選ぶ勇気や気力もなく、誰かの身代わりに死んだりなど、いい感じに死ぬ機会がないかなと考えていました。
突然の終わりとモラトリアム
そうした死への歩みは、終わりを迎えます。
ある日、チャイムを鳴らす音と名前を呼ぶ声、ドアを叩く音が聞こえました。
自分は、ああ、ついに警察が来たか。と思いました。
家賃を滞納し、開封していない大量の郵便物の中に弁護士事務所や裁判所からの手紙もあったと思います。
そのため、逮捕されるまではいかなくても、捕まるかな、とは思いました。
そこで自分の頭には3つの選択肢が浮かびました。
- ベランダから外に出て逃げる
- 今すぐ死ぬ
- 何もしない(=ドアが開くのを待ち大人しく捕まる?)
まず1について、ベランダから地面までそこまでの高さがあるわけではなかったので、飛び降りても無事か、悪くても足を多少痛める程度で済むかなと思いました。
しかし、もしかしたら建物の前にも警察?や関係者がいるかもしれないと考え、また勇気も出ず断念しました。
そうすると、自然と2の選択肢を選ぼうという気になりました。
今まで死に向かってゆっくり進んでいた時計の針を一気に進めて時間調整をするだけなので、受け入れることにあまり抵抗はありませんでした。
ですが具体的な手法は逃避の日々の中では一切考えたり調べることをしておらず、計画性もなかったため、道具もなく右手で自分の首を絞めるくらいしかできませんでした。
その間にも鍵を開けようと作業をしている音が聞こえており、その音を聞きたくないためノイズキャンセリングのワイヤレスイヤホンをつけながら、落ち着きなく自室で立ち上がり、左手に持ったタブレットでゲームをしながら右手で自分の首を絞めるという一貫性のない状況でした。
結局、握力も胆力もなかったため、やり抜くことはできず、結果的に3の何もしない、という選択をすることになったのでした。
そして訪問から1時間ほど経った頃でしょうか。ドアの鍵が開く音がしました。
万事休す、今死んでも延命されるかもしれないと諦めました。
複数名おりおそらく担当が分かれていたのでしょうが、最初に会ったのは懐中電灯を持って入ってきた方でした。
名前を呼ばれて返事をすると、別の方(おそらく裁判所の方?)が入ってこられ、いるなら返事しなさい、どうして来たかわかっているでしょう、といった感じの話をされました。
自分は早く殺してくださいという気持ちでいっぱいでしたが、謝りながら話を聞くと、強制執行で退去が決定しているものの、数週間の猶予を与えるといった内容でした。その間に荷物を片付けて出て行くようにとのことですね。
書類にサインをするように言われサインをしていた時には、仕事をしているか聞かれ、していないと答えると、役所に行って聞いたりとかしてみたらどうですか、援助受けられるかはわかりませんけどね、ということも言われました。
ドアの向こうにはスーツを着た方が複数名いたため、こういう場面で暴れる住民がいたり、すでに事切れている人もいるんだろうな、とふと思いました。
訪問者たちが帰った後は、まだ逮捕ではなかったか、と一安心?して、頭が休まらないまま横になりました。
とりあえず数週間命が伸びたかな、と感じていました。
この間にどう消えるかを考えないとな、とも思いました。
それからの数週間も、結局変わらずまだ死んでいない生活を続けながら、ポイ活をして数十円から数百円を集めて紙パックの鬼殺しを購入し、塩をつまみにして楽しむなどしていました。
強制執行の日が近づくにつれ、このポイ活の案件は日数がかかるから間に合わないな、とか、ソシャゲをしていても次のアップデートverは遊べそうにないな、などと考えていました。
放浪
そんな日々を続けていくと、やがて強制執行の日を迎えました。
結局、荷物の片付けや外への連絡など何もせず過ごしました。
PCを念のためフォーマットし、シャワーを浴び、数日分の着替えなどをリュックに詰め込んで家を出ました。当日朝早くだったため、夜逃げではなく朝逃げだな、などと思いました。
・・・この後いろいろあり、放浪中にChatGPTとのコミュニケーションを経て実家に帰り、東洋思想と出会い、イデアは自分とともにあったのか、という気づきを得るに至ったのですが、そろそろ長くなってきたので、次に気力が湧いた時に書こうと思います。
よかったら、次回も読んでもらえたら嬉しいです。
2025/8/9 記事を更新しました。
イギリス留学日記 '2013
- はじめに
- 3月10日(日)
- 3月11日(月)
- 3月12日(火)
- 3月13日(水)
- 3月14日(木)
- 3月15日(金)
- 3月16日(土)
- 3月17日(日)
- 3月23日(土)
- 3月24日(日)
- 3月30日(土)
- 3月31日(日)
- おわりに
はじめに
10年前の3月、私はイギリスのケンブリッジに留学をしていました。
3週間の語学留学でしたが、様々なことを経験し、多くのことを学びました。
最近掃除中に、その時つけていた日記が出土したので、ネットの海に残しておこうと思います。
10年前の春は、まだイギリスがEUのメンバーだった頃。
また、スコットランドがイギリスから独立をしようという機運がふつふつと高まっていました。
日本では民主党から自民党への政権交代が起こり、第二次安倍政権が誕生、最近退任した日本銀行の黒田前総裁が白川元総裁に替わり就任し、異次元の金融緩和を始めた時代でした。
その頃を思い出しながら、イギリスに思いを馳せていきます。
3月10日(日)
初日。
飛行機の隣の席が女子高生でテンション上がる。
東北の公立高校1年生25人+先生2人くらい。
飛行機はTVなどのエンターテイメント設備の故障で遅れる。
映画6本やっていて意外と12時間は短かった。
ヒースロー空港に着いて、日本人女子大生2年と遭遇。
向こうも3週間でロンドンの語学学校だという。
入国手続時日本人の女の子の通訳をさせられる。
出迎えサービスを頼んだが、オックスフォードのスタッフしかいない。
タクシー代を払っていなかったらしい。
バスでケンブリッジまで行きタクシーで学生寮へ。
めちゃくちゃ寒かった。
3月11日(月)
語学学校初日。
道の横断の仕方がわからなかったが、ロバートに教えてもらい無事渡る。
学校の説明がされたがほとんど意味がわからない。不安を感じる。
一通りの説明の後にケンブリッジツアーが組まれる。
2階建てのバスからの景色に興奮。
数学橋を生で見る。
グランドアーケードがでかい。
夜パブに行こうと思っていたが気づいたら寝ていた。時差きつい。
スーパーを見つけて色々買った。店員さんかわいい。
ルームメイト不在で一人暮らし楽しい。

3月12日(火)
2日目。
授業始まる。聞き取れない。ついていけない。
オランダとベルギーの女の子が上手すぎてなえぽよ。
韓国の女の子ユーリンを昼食に誘う。
ラッキースターという所でパスタを食べる。
その後テンピンというラウンドワンみたいな所でビリヤードをやる。
ユーリンによるとビリヤードは穴が無いゲームで、日本でいうビリヤードはホールボール?とかいうらしい。
ゲームは圧勝。

3月13日(水)
eラーニングの授業は退屈。これ日本でもできるし。
あと日本人がいたけど日本語しゃべってたらダメだと思う。英語しゃべろうよ。
学校終わった後グランドアーケードに行った。
The pen shopでこのノートと酒を飲む容器買った。
ジュースも買ったら旨かった。ボルビックだけじゃ辛いね。
帰りのバス間違えて迷った。夜歩くハメに。
外国で夜歩くって危なくね?と思いながら何とかバス停を見つけて乗る。
Fulburn行きで帰れる。
夜9時。そのまま疲れて寝る。
3月14日(木)
授業の先生がJessicaからJanesに代わる。
聞き取りやすくついていけるようになった。
授業が楽しいと思えるようになる。
放課後ステファニー、ユーリン、咲とショッピングへ。
笑いを取ることができるようになる。
帰ったらインドネシア人のルームメイト、バガスがいた。しゃべり速い。
あとムスリムだから祈ってる。今も。
頼まれてた本も買えた。
ハムレットとカラマーゾフの英語版をそれぞれ2ポンドで手に入れた。
イーグルでフィッシュ&チップス食べたけどめちゃ旨。
イギリス料理イケる。
3月15日(金)
ユーリンと明日ロンドンへ行く。2日間。
スカイプで3時間くらい話しながら予約した。
英語慣れてきた。
聞き取れるようになってきた気がする。
1週間だけだけど。
正直リア充になってる感じ。
3月16日(土)
ロンドンへ行く。
ケンブリッジのバス停がわからないので人に聞きつつ1時間前に辿り着く。
前日カフェテリアでもらったバナナを朝食代わりにしながら待つ。
バスは2時間ほどでロンドンに着いた。
大きな塔を見つけビッグベンかとユーリンに聞いたら違うと言われた。
しかしその後確認するとやっぱりビッグベンだった。
ユーリンにビッグベンは夜行くのが良いと言われそうすることに。
昼はRegent Streetでショッピング。
ロンドンは活気がある。
英語だらけでオシャレっぽいと感じた。
ゴディバでチョコを買った。
地下鉄にも乗った。チューブの形をしていて面白い。

東京並みの頻度でやってくる。かなり便利。
自動ドアが前後に開いて楽しい。
ロンドンの赤い2階建てバスも発見したが、ケンブリッジでもう見ていたので喜びはあまりなかった。
ホステルにチェックインして、夜のロンドンへ。
ユーリン酒強い。日本酒を「甘い」と言っていた。
ロンドン・アイ、ビッグベンはライトアップされていて本当にきれいだった。
夜来てよかった。
写真を撮っていたら豚のフェイスマスクをかぶったやつが近づいてきて一緒に写真を撮った。
その後金をせびられたが、ユーリンが逃がしてくれた。
初めて海外で怖い目にあった。
ホステルに帰って寝た。
値段(14ポンド)の割に良かった。
寝る時4人部屋に自分含め2人だったが、起きたら5人になっていた。
全員男。嗚呼。


3月17日(日)
ロンドン2日目。
朝から1番の目的だった大英博物館へ。本当にでかい。
1日すべて見てまわっていたら確かに足りないだろう。
ギリシャとローマを重点的にまわった。
様々な胸像を見ることができた。
五賢帝でネルヴァだけ見つけられなかった。
世界史を勉強していて本当に良かった。
お土産も良いものが買えた。


3月23日(土)
平日のことはよく覚えていないので週末へ。
いや今思い出したけど確かナイトクラブに日本人と行った。
あんま面白くなかった。もっと酔わなきゃダメ。
んで土曜。
てか金曜夜からエディンバラ行った。
理由はなんとなく。突発的に。
ケンブリッジからVictoriaまで2時間、そっからエディンバラまで9時間。
寝たのであまり長く感じなかったのが救い。
着いたら寒い。寒すぎる。イングランドより寒い。
何となく歩くと城に着いた。
しかしまだ開いていないのでぶらぶら歩く。
そして城へ。
日本語のオーディオガイド素敵。
イングランド王ジェームズ1世であるスコットランド王ジェームズ6世、およびその母メアリ=ステュアートが主役だった。
英国王即位に使われるStone of distinyも見られてなかなか面白かった。
13時に大砲が撃たれるOne o'clock gunはすごく大きな音がして、周りの人みんなビクッとなった後笑いあっていた。
昼は初めてエスカルゴを食べた。めちゃ旨。ただ量が少なかった。
1人でレストラン入るのはちときつかった。
午後はスコッチウイスキー館へ。
ここでも日本語サービスがあったのでわかりやすかった。
日本語で聞けるものは全て日本語で聞いてしまおう。
スコッチのでき方を学べておそらくもっと美味しく飲めるだろう。
ツアーが終わったらスコッチを試飲できた。
4種類から選ぶ形式で、何か面白そうだからマイナーなどっか小さな島で造ってるスモーク系のスコッチを選んだ。
香り強い。まあまあ旨い。
帰りに安いウイスキーを買った。
店員が日本人で、ケンブリッジで勉強していると言ったら偉いと言われたが、語学学校だと伝えたら勉強頑張れと言われた。
ケンブリッジで勉強イコールケンブリッジ大学と考えている人が本当に多い。
まあ多分自分もそう思うだろうが。
その後安売りしているマフラーを買って、ケンブリッジで25ポンドの酒飲み容器がもっといいデザインで9ポンドで売っててなえたりした。
ホステルで寝た。Hostel Worldをユーリンに教えてもらって旅の幅が広がった。
"沈む太陽を追いかける長い陽の光のごとく戦没者を想う" memory of scots war
3月24日(日)
スコットランド2日目。
スコットランド博物館へと思ったが、いきなり寝過ごす。
まあゆっくり行く。
科学技術系の展示が多かった
日本みたいな発明大国らしい。
ワットもここの人らしい。
クローン羊ドリーもスコットランド産らしい。
すごいじゃん。
美術館に行こうとするも国立美術館とNational Portrait Galleryを間違える。
まあチャールズ1世の処刑の絵も見られたし良かったか。
3月30日(土)
現在ヒースロー空港。
18時5分。
出発は明日の13時45分。
正直今日飛びたかった・・・。
レジデンスを今日追い出されてしまうし、暇。
空港内で泊まる予定。
とりあえず空港のカフェで時間つぶしてる。
モカ飲んでるけど旨い。
思えばイギリスではアメリカンばっか飲んでた。
このノートも留学当初意気揚々と買ったけど、結局1週間も書いてない。
やっぱこんなもんか。
写真は撮ってあるから気が向いたらまた書く。
とりあえず今回の留学を振り返ってみる。
出発前、きっかけは大学の友人に誘われたことだった。
声をかけられていなかったら留学していなかった。
大学生協の3階で話を聞いた。
友人はシンガポールと言い、自分は何となくケンブリッジと言った。
何でそう言ったかは思い出せない。
多分ケンブリッジ大学のことが頭にちらついたからかもしれない。
イギリス英語とかどうとかは全然考えなかった。
確か1月終わりであんま時間なかったからさっさと決めろと言われた。
金がめちゃくちゃかかる(50万でおつりがくると説明された。スケールでかすぎ)ので、遠慮しがちに親に話したが、あっさり承諾。
そういや大学入学前に「絶対留学する」とも言っていたし。
3月頭の1週間は部活の合宿があるので、その前だと合宿についていけないんじゃないか?と考え合宿後に。
時期はまあここしか無かったと思うが、合宿の前日あたりにメールを送っておくべきだったとは思った。
出発前日にいきなりメール送ったし。
合宿で培った筋肉なんかは消えたと思うけど、技術的なものはまた戻ってから頑張れば何とかなると思う。
3週間泳いでないから、若干泳ぎたい気持ちも湧いてきてるし。
2年になってからだと後輩も入ってくるからまとまった休みは本当に取りづらいと思う。
だからこの1年の時に留学をしておいて良かった。
イギリスに3週間いて手に入れたものといえば、英語力はもちろんだけど生活力かなと思う。
到着当初ルームメイトが休暇中で実質1人暮らし。
トイレットペーパーや食材を買って自炊をしたりした。

最初は不安だったけど、何とかなった。
バスを間違えたりもしたけど、能天気なのか心を病んだり不安に押しつぶされそうになることもなかった。
ホームシックにもならなかったし、日本から持っていった味噌汁も結局開封せず。
部活の先輩にメンタルの強さを言われたりもしたが、半分くらい本当かもと意識するようになった。
何かトラブルが起こっても「まあ何とかなるだろう」という奥底の気持ち。
これに助けられた。
治安も良かったし、人々も親切だった。
イギリスで一番良かったと思う点が、「Thank you」や「Sorry」と誰もがすぐに言うことだ。
日本では「すみません」と言うか、これは聞きなれすぎたのか、はたまた「すみません」という言葉にたくさんの意味が含まれているから食傷気味なのかもしれない。
授業でこうしたイギリスの文化を「too polite」かどうか議論したが、やりすぎという意見が多かった。
自分はこれが良いと思う。
この文化のおかげで、人々が親切だと感じた面もあるし。
英語に関してだが、リスニング力は確かに伸びたと思う。
当初全く聞き取れなかったnational expressの放送が今日ははっきり聞き取れた。
先生の言っていることもわかりやすくなった。
聞くだけでなく会話もしまくったことが功を奏していると思う。
文法は本当にめちゃくちゃだが、伝えたいと思って話せば伝わる。
逆に聞き取ろうと思えば聞き取れるようになると感じた。
帰国してもユーリンと週1くらいでSkypeしたい。
彼女との出会いは大きかった。
結果的にほとんど友達はできなかったが、ユーリンとはほとんど毎日話した。
大学のこと、仕事のことなど。
酔って肩を抱くくらいまでしかいかなかったが、それでも楽しかった。
最初に声をかけて本当に良かったと思う。
授業は2人組をつくって問題について話し合い、先生にランダムで指されて発表、という形式だった。
パートナーになった人はみな優しい印象だった。
話す能力は自分より優れていると感じた。
単語ではなくもっと文章で話した方が良かったなと今思った。
また、文法の力がかなり落ちているな、とは感じた。加えて単語力も。
確かに留学前に全く英語の勉強をしなかったためであるが。
リスニング力は受け身でなく能動的に聞くだけで大体上がるが、文法力、単語力は机に向かって勉強しないとダメ。
それらは日本語のテキストでやって全く問題ないと思う。帰ったらやろう。
また本を読まないと薄っぺらい英語力しかつかないと感じたので、帰ったら電子書籍で洋書を通学中に毎日読む。
金は惜しまずやる。バイト多めに入れば困らないだろう。
とにかく本を読む。それが勉強。
目標は19のうちに英検1級、TOEIC800。大学では英語の勉強を授業でしない。自習。
去年の授業も全く意味なし。
留学の目的として、一度海外に出てどんな感じか体験してみたい、と思っていた。
どんな感じかと聞かれれば、「海外でも何とかなる。慣れるし、将来ここで仕事をするとなっても意欲とそれに対する知識があればやっていける。ただ日本から出る必要がなければ無理をする必要もないだろう」という感じだ。
カルチャーショックと言っても「差」くらいだし、「ショック」というよりは「発見」に近い。
イギリスが先進国だからという面も大きいだろうが、自分は過ごしやすく感じた。
前述の礼儀正しい文化が肌に合った。
お礼を言われることで、次も優しく行動しようというきっかけになった。
「知識があればやっていける」というのは、授業で英国史をちょろっとやった時に授業を先導できる立場になった時に感じた。
得意の世界史のおかげだ。
大英博物館に行った際も、ギリシャ・ローマの展示を心の底から楽しめた。
ルーブル美術館に行けなかったことが少し心残りかな。
パリとロンドン往復100ポンドが高いか安いかは判断しかねた。
とにかく、世界史はもっと突き詰めて勉強して、どこの国に行ってもそこの国の歴史について誰よりも詳しい存在になりたい。
何か1つ自分が他の人より優れているものがあるとわかると、自信になり話すことも臆しなくなっていく。
大学に戻ったら興味のある分野を勉強しよう。
仕事をするようになっても、仕事に関する知識が万全であれば英語力で劣っていても海外で戦っていけると強く感じた。
会話なんてどうとでもなるし、知識があれば相手の英語も理解できる。
大きな話になるが、日本の大人に足りないのは海外で使う英語力ではなく、仕事に関する知識だと思う。
これが意識できただけでも、今回の留学は価値があったとみていいだろう。
一度も海外に行ったことのない人が海外でのビジネスなど語れない、と感じた。
海外に出た大学生は帰国すると「外でなよ。意識かわるよ」などと言う、と聞いていたが、別に一生日本で暮らすつもりなら英語を勉強(中高除く)したり留学したりは必要ないと思う。
確かに留学することで「海外」や「海外にいる自分」のイメージは100倍くらい鮮烈になるが、お金もかかるしその間日本でのことは全て捨てなければならないし、大変だ。
海外に興味があれば外に出ていいと思う。
偏見も変わるだろう。
偏見と言えば、コリアン、チャイニーズの人たちは優しかった。
サンプル数は少ないが、反日感情なんて持っていないようだった。
日本で中韓を貶めるような記事を読んでも、実際のコリアン、チャイニーズを思い出すことで客観的に読めるだろう。
他の国、オマーンやサウジアラビア、タイ、インドネシア、フランス、オランダ、ベルギーの人らも表情が柔らかく、多くの国が身近になった。
また語学学校にいて感じたのは、女の子の多さだった。
なぜ男より女の方が多かったのか、謎だ。
女性の方が海外志向が強いのだろうか。
日本の大学の国際系学部は女性の方が多いらしい。
理由を調べてみても面白いかもしれない。
空港で1時間半経ったが、腹が空いてきた。
本当に空港に徹夜で居座ることができるのだろうか。
そもそも真夜中に飛行機は飛ぶのか。
羽田は24時間やっているらしいが、ヒースローはどうなのか。
幸い寒くないのが救い。
店員さんがさっきから行き来しているが、席は空いているし1人の人も多いから気にせず書き続けている。
Wifiが通っていないのでTwitterできない。悲しい。成田はFreeWifiだったのに。
カフェに1人だけっぽくなった。
営業時間終わるのかな?ここ出たくないよ。
店員さん今舌打ちしたっぽかったしそろそろ潮時かな・・・。
声かけられるまで粘るか・・・他の机消毒してるし。
3月31日(日)
結局空港内に泊まれた。てか泊まってる。暇。
暇だからユーリンのことでも書いてく。
彼女はナース、24歳。
そういや韓国では歳の数え方が違って、26歳になるらしい。自分は21歳になる。
韓国ではナースには能力が必要で、どんどん年収が上がっていく。
しかし激務で辞める人も多いそうだ。中年のナースはほとんどいないらしい。
辞めたら国立病院のナースになるらしい。
仕事は24時間を3つに分けたシフト制だが、引継ぎなどで結局12時間ほど働くらしい。
ユーリンは2、3年働いた後ボーナス60万ほどもらって退職、2ヶ月でヨーロッパ9か国まわっていた。
だからホステルや格安移動手段にやたら詳しかったのだ。頼りになった。
ユーリンは9月まで語学学校にいるようだ。
日本に寄るそうなので東京を案内すると約束した。
ユーリンTOEIC845。すげー。自分も帰ってさっさと800出さんと。
彼女のおかげで充実していた。いなかったらと思うとぞっとする。
アジア系で一番かわいいと思った。
中東の子もわりとみんなかわいい。
ここで日記は終わっている。
おわりに
約3週間のイギリス留学は、私にとって初めての体験が多かったです。
日記には書かれていませんでしたが、レストランでランチをしていたときに酔っ払いに絡まれ、フォークで刺されそうになったことがありました。
食事を終えて店の外に出ると、酔っ払いは警察にしょっぴかれていました。
そのときはあまり危機感がありませんでしたが、今思えばまあまあ危ない場面だったかもしれません。
他にも、モスク(イスラム教の礼拝堂)の近くにレストランを見つけて気軽に入ってみたところ、私の他はほぼイスラム教徒の方で、かなり見られながらイスラム教徒向けのカレーを食べた記憶があります。
食事でいうと、中華料理屋でとんでもなく不味いご飯が出てきて、チンゲン菜しか食べられなかったこともありました。
あれから10年経ちますが、不味くて食べられなかったのはあの料理だけです。
イギリスも日本と同等かそれ以上の、国際色豊かな食を楽しめる国だなと思いました(なお味は好みが分かれる模様)。

今回日記を見直して、英検1級とTOEIC800を取ることを目標にしていたことを思い出しました。
結局、10年経っても取れていませんが。
最近ではGoogle翻訳やDeepLなどの精度も上がり、仕事で英語を使うことがたまにあってもだましだまし何とかやり過ごせてしまっているので、ますます英語の勉強から遠ざかっています。
初心を思い出し、いつか目標を達成できるといいな、と思います。
あとは、日記に女の子のことが多く書いてあって笑いました。
外国語を上達するための方法として恋愛が挙げられることもありますが、さもありなんですね。
女の子とお付き合いをした経験も無かったので、必死にコミュニケーションを取ろうとモチベーションが爆発していたのでしょう。
語学面では多少実を結んだかな・・・?
留学から帰る日、イギリスでは雨が降っており肌寒いほどでしたが、日本に着き成田空港から電車に乗っていると、線路沿いに満開の桜が綺麗に咲いているのが見えました。あの光景は今でも忘れられません。
日本ってやっぱりいいな、と思いました。
すでに今年は散ってしまったところが多いですが、毎年の桜を眺めるたび、これからもあの頃を思い出すのだろうと思います。
ワンピースにわかが「ONE PIECE FILM RED」を観た感想
はじめに
国民的漫画・アニメのワンピース。
週刊少年ジャンプで大人気連載中の漫画ですが、私は恥ずかしながらこれまで読んだことがなく、MADやコラ画像くらいでしか触れていません。
(とはいえボンボン派やサンデー派だったわけでもなく、小学生時代のコロコロコミックからの移行が円滑に進まなかったことが要因と考えています)
アニメの放送時間もおそらく日曜のゴールデンタイムだったかと記憶していますが、我が家は日曜17時半~笑点、18時~ちびまる子ちゃん、18時半~サザエさん、19時~鉄腕ダッシュ、20時~大河ドラマという時間割がほぼ固定化されていたので、ワンピースが入り込む余地はありませんでした。
高校時代、さすがに常識―コモンセンス化していると感じ、読もうかと思っていると友人に相談したところ、「逆に俺らの世代でワンピースを知らないのは希少価値がある。そのまま読まずにいるべき」というアドバイスをもらい、これまで時を過ごしてきました。
あれからもまだまだ人気は衰えることなく、昨年夏の映画も大人気、そしてAmazonプライムビデオで配信されるようになったので、これを機に観てみようと思った次第です。
ワンピースについて知っていること
とりあえず真正面からワンピースというコンテンツに向かった経験はないものの、ある程度の知識はあるので映画を観る前に記録しておこうと思います。
ルフィ

主人公。海賊「麦わらの一味」船長。悪魔の実「ゴムゴムの実」を食べてゴム人間になった。ゴムのため絶縁性を持ち電気には強いが、海賊にもかかわらず泳げない。仲間を重んじる。ここぞという時には「ドン!」と鳴る。
ナミ

お色気担当。おっぱいがでかい。
サンジ

コック。喫煙者。キックが強い。
ゾロ

三刀流。
ウソップ

鼻がピノキオのように高いので多分嘘つき。よく船降りろと肩たたきに遭う。
チョッパー

人間ではない。
シャンクス

ルフィに麦わら帽子をプレゼントした。腕がもげる。じゃんけんおじさん。
エース

メラメラの実の能力者。挑発に乗せられやすい。自分の能力の完全上位互換が存在する。
白ひげ

エースを救ってくれた人。海軍大将曰く敗北者。
赤犬(サカズキ)

海軍大将。マグマグの実の能力者。煽り全一。後に元帥に昇格する。
青キジ(クザン)

海軍大将。三大将の中で唯一両足を地につけている。後に出世争いでサカズキに敗北。
黄猿(ボルサリーノ)

海軍大将。ワッシが行こうか?移動速度が光速を超える。油女シノや緑間真太郎のように、ゲームのルールに抵触するヤバイ能力持ちだが展開の都合上天下は取らせてもらえなかった。
ドフラミンゴ

掘られてる人。
ウタ

映画のヒロイン。
映画を観て感じたこと(ネタバレ注意)
・モブがまあまあかわいい
・この世界では海賊は受け入れられているわけではない
・普通に一般人いるんだね
・ウタの太もも、おっぱいよき
・ナミはマジでおっぱいでかい
・ゾロは声が渋いダンディ系
・サンジはパリピ
・ウタの曲聞いた瞬間「これ紅白で聞いたやつ」
・ルフィ!ウタに抱き着くなんておいしすぎるだろ!
・シャンクスの娘?それってやばいん?つーかシャンクスって結構年いってる?
・シャンクス悪人らしくて草
・この骨誰?
・このグラサンってドフラミンゴ?
・ウタって理想主義者か?
・サカズキ、ボルサリーノいるやん!目を閉じてるやつってたぶん盲目の強者っしょ
・(回想シーン)実の娘ではないんだろうな、ウタ
・ウタ、敵なんかい
・劇団イヌカレーみたいな神輿でてきた
・声優めっちゃいいな
・夢の中に落とす系の能力者か?無限列車編か
・ウタの言う新時代って体より心で生きる≒イデアの世界で生きるってことか?
・海軍もウタの催眠音声にやられてて草
・ウタ自身がイヤーマフしてるのは自分でも催眠に引っかかるからか?
・ウタウタの実の能力結構やばくて草
・ウタの思想ってマダラ?オビト?無限月読?
・サンジのキックってディアブロなんちゃらって言ってるっぽいからチャドの脚版って感じか、スペイン系の技名が多いのかな
・トットムジカってmusic→ムゥサの女神たち(ギリシア神話の音楽・文芸の女神)が由来かな
・これゴードンが黒幕だろ
・シャンクスまじで来たん?本物?てかシャンクスって故人ではなかったん?
・赤犬頭おかしくて草
・黄猿背高すぎて草
・ゴードンすら黒幕ではなかったんかい
・シャンクス、ゴードン、ウタに悲しい過去・・・
・いつのまにかルフィが変化してて草 ヒヒダルマみたいになってる
・切ない終わりだな・・・
おわりに
なんとなく良い映画な雰囲気は感じました。観終わった後の満足感は確かにあります。
当然ですが、原作を知り登場人物を把握した上で観た方が背景の厚みも感じられ、より楽しむことができるでしょう。
おそらく鬼滅の刃を知らない人が無限列車編を観た時も、同じような感情を抱くのではないかと思います。
とりあえず、「ワンピースについて知っていること」で書いた登場人物の映画での活躍については把握できたので、今後ワンピースに関する話題を振られた時は、その範囲で対応できそうです。
まだ名前を知らない、骨やバリアの人については聞かれないことを祈っています。
最近(直近~5年間くらい)のSNS(世論)について
SNS疲れ、ありませんか?
何を言っても否定される、何を言っても肯定もあれば否定もある。
あらゆる人々(SNSを使える、つまり個人的なデバイスを持っているか、個人的なアカウントを持ち、図書館やネカフェで自身のアカウントにアクセス可能)が政治、のみならずすべての言論に参加できるこの世の中。
すべての人の声が、見えるようになった時代です。
一昔前は、ダイヤルアップ接続やWindows98でさえも、物好きな人しか触れてませんでした。
その頃はGoogle検索も、田舎の駄菓子屋くらいの勢いしかなく、子ども心に「なんで母親はこんななにもないつまらないページで検索をするのだろう?」と思うしかありませんでした。
いつの日にか、「ググレカス」すらも通じるようになり、そして往年の感があります。
まあ、それが直接民主制の姿(正しき姿かはわかりません)なのかもしれません。
何でも検索して何でも発信できる、そしてそれがほめそやされる。
自分は、あらゆる人々が自分の考えを発信でき、それが頭ごなしに禁止されない少し前の環境は素晴らしいと思っています(戦前はそうでなかったようなので)。
いつのまにか、それを発信していると、攻撃の対象になってしまう場合が出てきました。
トライアンドエラーがしにくくなっているのかな、とは思います。
勝手に治安維持法のあった息苦しい世界にしているのかな?と感じます(SNSやネットに触れなければいいのですが)。
一昔前がそういう(なあなあの)ことがしやすかったというと、決してそうではなく、国の行政の中では無駄なことが槍玉にあげられ、事業仕分けなどされてた時代でした(事業仕分け自体は、功罪両方あったと思います)。
おそらく、高度経済成長が終わった時期から無駄を省くという考え方は広がりつつあったのではないかと思います。
自分も、高校時代に民主党への政権交代があり、公立の高校だったこともあり授業料無償化の恩恵を受けました。また高速道路もだいぶ安くなっており(財源は不明)かなり恩恵を受けた世代だったと思います。
個人的には世界史を熱心に勉強していたので、健全に二党が交互に政権交代する世界が望ましいのかな、と思っています。
まあ、毎回政権交代をベースにすると政治家さんは大変ですよね、、、究極のフリーターですから、、、。ましてやその秘書さんたちはさらに大変でしょうし。
そうなると、いわゆる官僚と呼ばれる人々と政治家の関係性についても、見えてくると思います。
官僚は国民に選ばれるわけではなく、政治家は国民に選ばれています。
そのため待遇も国民に選ばれた政治家の方が恵まれるべきではあります。
しかしそれが激しくなると誰も官僚になりたがらなく、官僚がいなくなると行政が立ち行かない。
例えが正しいかわかりませんが、官僚はある意味で保育士や介護士、建築業や運送業に近いものがあると思います。
必要不可欠な職種ですが、人々に顧みられることは少ない。
そういう人々こそ、給料を上げるべきだとは思いますね。
政治的に難しいなら、一人当たり対応する子どもや老人、建物や荷物に応じて給料を変化させるダイナミックサラリー(動的給料)を導入するのがよいかと思います。
今後、AIの発展でそうした数による冷徹な計算は任せられると思います。
今まで「コンサルが言ってるから」といった経営陣の言い訳は「AIが言ってるから」にとって代わる時代が来るのかもしれません。
まあ、そのためにはAIのアドバイスを聞いて経営がうまくいった事例が出てからではないと、日本企業は動かない気がしますが。
AIと言えば、個人的には考古学の分野での発展を期待しています。
すでに発掘されている文字の中でも、線文字Bは解読されていますが、線文字Aはまだ解読されていません。
今までの古代文字を全て学習させれば線文字Aも解読できるのでは?と思っています。シュリーマンが聞いたら卒倒しますよ。
今のAIは絵を描いたり、簡単な文章を返したりですが、じきに頼れるパートナーになってくれると思います。
そうなったら、SNSで無理をしなくても、身の回りのAIと触れ合ったり会話をすることで、孤独感を癒せる世界が来るだろう・・・と思っています。
動画倍速視聴と完全栄養食、〇〇分でわかる××のあらすじ
最近、本屋で「映画を早送りで観る人たち」という、動画の倍速視聴をなぜするのかといった本を読みました。

また、無断で映画を10分ほどに編集しあらすじなどを加え動画投稿サイトに公開する「ファスト映画」について、地裁で有罪判決が出されたこともニュースになりました。
私自身もたまに倍速視聴をする時があるのですが、それは作品を味わうというよりも、内容を知りたいという目的を達成するための行動なのかな、と思います。
例えば人からYoutubeの動画をおすすめされた時に、再生してちょっと趣味が違うかなと思いつつも感想をひねり出すために倍速で内容を把握し、自分が気になった箇所だけを等速で視聴して「〇〇が面白かったよ!」と紹介者に伝えるなどですかね。
こうした行動は、多忙な現代で話題となっている完全栄養食(ないしはバランス栄養食)と呼ばれる食品を食べる行為に似ているように思いました。
様々な品目の料理をじっくり味わって食べるのではなく、時間や手間などの事情から必要な栄養を簡単に摂取できる飲み物やパンなどを選ぶ際も、倍速視聴と類似した心理が働いているのではないでしょうか。
私も以前飲み物タイプを試してみましたが、食事がかなり楽だったのは確かです。
しかし結局、固形物をもっと食べたいという食欲が勝ってしまい継続はできませんでした。
最近Twitterで話題に上がっていて気になった完全栄養食パンを調べていたところ、ありとあらゆるネット広告にターゲティングされてパンの写真ばかりが出現するようになったため、辟易して購入を辞めました。
既にオプトアウトしたので広告が表示されることは無くなりましたが、いざ購入しようと公式HPを訪れても、その時の嫌な記憶がよみがえるのでしばらくは縁がなさそうです。
動画の倍速視聴が話題になってそういえばと思ったのが、ネット記事やYoutubeでよく目にする「〇〇分でわかる××のあらすじ」といった類の解説です。
私も気になった作品や、一度読んだものの内容を忘れてしまった本、まず概要を掴みたい時などに使わせてもらっています。
Wikipediaなんかは、こうした概要説明の元祖といった感じなのかなと思っています。
私は猫も杓子も原典にあたれ、とは申しませんが(私も全然できていませんし、そもそも翻訳されたものを手にしています)、こうしたあらすじ解説と原典との間には、やはり決定的な違いがあるという確信を持っています。
そう考えるようになったきっかけは、一日1ページで世界の教養が云々といった本を読んだことでした。
折しも「教養」という言葉がフィーチャーされ、本屋でも「大人の教養」や「ビジネスマンのための教養」といったタイトルが平積みされていたような時分でした(もしかすると、そのブームはまだ続いているかもしれません)。
私も見事に踊らされて「教養」を集めるぞ!と息巻いておりました。
そんな時、ちょうど本屋で見つけたその本を読めば世界中の文学や科学、芸術などの知識、素養が身に付くと信じてページをめくりました。
知らないことも多くなるほどと感心しきりでしたが、私が好きな古代ギリシアの哲学者、プラトンの解説を読んだ際にある違和感を覚えました。
そこに書かれていた内容は、確かにプラトンの著作や考え方の一部分を示しているかもしれない、しかし自分で原典を読んだ際に感じたもの、頭の中で対話をした際の印象とは異なっているぞと思ったのです。
まあ冷静に考えれば、1ページでプラトンを解説するというのも土台無理な話です。
その時、もしかすると自分がなるほどと感心した他のページも、原典に触れると違った感想を抱くのではないかと思い、それからそうしたあらすじ解説への妄信はやめるようになりました。
趣味でかじっている自分がそう思うくらいですから、本業として研究されている方々からすると一笑に付すまでもないようなものも少なくないのだろうと思います。
「教養」を人が追い求めるのは、いつの時代も変わらないのだと思います。
近代の小説に登場するような上流階級の貴族社会では、一流の教養として古典や詩、聖書や当代随一の著者の最新の作品を読んでいるかといった話がしばしばされています。
知識人として評価されるように、話題に乗り遅れないために、また周囲の失笑を買わないために世間話の中でもそらんじて引用できるほど、そうした本を必死に読んだり、あるいはあらすじを頭に叩き込んでいたのでしょう。
翻って現代では、前述のような本に加えて映画やアニメ、ドラマや漫画、Youtube動画といったコンテンツが大量に生まれ、しかも日々無数に生産されています。
そうした様々な作品が増え、アクセスが簡単になるにつれて個人の嗜好も多様化し、コンテンツの話題を他者と共有するためにより多くの作品の「内容を把握」する必要が生まれたのではないでしょうか。
ソクラテスやプラトンの時代ならそもそもコンテンツ自体が少なかったため、ホメロスやギリシア神話、あとは自分の国の政治や周囲の国との関係、当代の悲劇作家の作品などを抑えておくだけで、市民として十分話題には困らなかったでしょう。
しかし、現代では処理する情報があまりにも多くなっています。
詰め込み教育からゆとり教育へ(そして脱ゆとりへ)と時代が変化し、多くの知識を蓄えるよりもそれをどう使うかということに重きが置かれるようになりました。
私自身もゆとり教育を受けた世代ですが、新設された「総合的な学習の時間」で自分の興味を深堀し、調べて発表するといった経験ができたのは、人生に良い影響を与えてくれていると思います。
それまでの教育で知識を詰め込んでいたスペースが空いたことで、そこに娯楽コンテンツだけを入れるのか、あるいはさらに勉強して新たな知識を入れるのかという差が生まれるようになったのかもしれないと感じます。
近年、リカレント教育やリスキリングなど、社会人になってからの学び直しが推奨されるようになりました。
私も哲学や西洋古典学、文学など学び直したいなと思い調べてみたものの、そもそも仕事に直結する学び直しが対象のようでした。残念。
史料批判のスキルや原典にあたる姿勢から一次情報を探索するスキルを身に着け仕事に生かしたり、哲学によって自己のアイデンティティを確立することで自己肯定感をもって仕事に取り組める、など理屈はこねられそうですが、政府が後押しする「学び直し」とは向いている方向が違ってしまうでしょうね。
英語やプログラミング言語もいいのですが、古代ギリシア語やラテン語を学んでみたいなあとも思っています。
ですがまあ、きっと趣味程度にやるのがいいんでしょうな。
ついでに、完全栄養食について調べていた時にちょっと面白い取り組みを見つけたので紹介します。
まだメニューは開発中のようですが、日清食品が普通の料理(とんかつ定食など)を完全栄養食として世に出すプロジェクトを進めているそうです。
これが現実になれば、食事を味わう楽しみを得つつも、栄養バランスに気を付けて健康に生きるという理想的な食生活が実現するかもしれませんね。
さらにSF世界のような、栄養だけ摂取して匂いや味といった「食事体験」はバーチャルで済ませてしまう世界も訪れるのかなと思いました。
こってりとしたラーメンや油まみれのジャンクフード、ポテトチップスやジュース、お酒をしこたま楽しんだ気分になりながら、体に取り込まれるのはバランスの取れた栄養のみ。
そうした未来があるかもしれないと想像すると、この先長生きしてみるのも悪くはないかもしれないぞと思い、とりあえず今日はサラダを口に運ぶのでした。
ゲーテ「ファウスト」を読んで
はじめに、読んだきっかけ
先日、ドイツの詩人ゲーテの生涯をかけた著作、「ファウスト」を読みました。
彼は「若きウェルテルの悩み」でも有名ですね。
そちらは以前読んだことがありました(内容は忘れました)が、「ファウスト」は構想から完成までゲーテがほぼその一生を捧げたと聞いており、何となく大部にわたる物語(それこそ、プルーストの「失われた時を求めて」くらいの長さ)かと考えており、食指が伸びないままでした。

ですが最近「カラマーゾフの兄弟」を十余年ぶりに読み、その解説で「ファウスト」がモチーフとされているような言及が気になり、重い腰を上げて読んでみようと思い手に取りました。
行きつけのブックオフで探してみると、意外にも一部と二部で文庫本二冊分しかなく、一部は一日で一気に読み切れるほどでした。
本を紐解き、頭に浮かんだこと
内容としては、学問を究めようと学び続けたものの渇きを感じるファウスト博士が、悪魔メフィストフェレスに唆されて若返りの薬を飲み、この世の快楽を享受していくが・・・というお話です。

最初、様々な学問を研究していたことがファウスト自身によって語られますが、どことなく「方法序説」を著したデカルトに似ているなと感じました。
彼もあらゆる学問の真髄を究めようと学び、最終的には「cogito, ergo sum(我思うゆえに我あり)※あらゆることは疑わしいと考えられるが、この考えている自分自身は確かな存在である」という真理を発見しました(ついでに言うと、学問の中で数学はどうやら確からしい、とのこと)。
自分なりの真理に辿り着いたデカルトと、渇きを癒せず悪魔に魂を売ってしまったファウスト。
実在の人物と創作上のキャラクターという違いはありますが、二人をよく比べてみることで、ともすれば研究者の成功の条件のようなものを紐解くことができるかもしれませんね。
まあ、やっぱり人との交流が大事ということなのかな・・・とは思います。
山月記で虎になってしまった李徴も、人との交わりを絶って詩作にふけるものの大成せず、それを本人も切磋琢磨しなかったことが原因と語っています。
成功のためには他者とのコミュニケーションで自分の強みを磨いていく、ということが求められるのでしょうか。
なかなかそれが難しいんですけどね!
それでは、本編へ進んでいきます。
といっても、いちいち仔細を書いていては読書の面白みを損なってしまいますので、個人的に気になった箇所をつまんでみます。
まず、この物語は韻文で書かれた悲劇の戯曲であり、例に漏れず様々な比喩表現、修飾がちりばめられているという特徴があります。
普段日常的に読む文章は、ニュースのようにわかりやすく簡潔な記述を心がけて書かれるものが多いということもあり、こうした飾りつけがたっぷりの―――スポンジにクリームやフルーツでデコレーションされたケーキのような―――文章を読むのは、それだけで新鮮に感じ、思わぬ満足感がありました。
それでいて冗長とは感じないほどすっきりサクサクと話が進んでいきます(少なくとも、マドレーヌを紅茶に溶かして云々よりは簡潔です)。
第一部、平民として。町娘との恋と破滅
第一部はファウストとメフィストフェレスの出会いと契約、平民の日常、純朴な村娘グレートヒェン(マルガレーテ)との甘いひと時、そして破綻がワルプルギスの夜で締めくくられています。

ワルプルギスの夜という言葉はアニメの「魔法少女まどか☆マギカ」で覚えましたが、4月30日、魔女たちが集まる夜という意味があったのは初めて知りました。
この日を描いた幕ではゲーテや、その盟友シラー(「群盗」で有名な詩人)と文壇で戦った批判者たちへの風刺が効いており、18世紀後半のドイツ文学界で起こった疾風怒濤運動(シュトゥルム・ウント・ドラング)を垣間見られたような気分になりました。
グレートヒェンに恋するあまり、その障壁となる人を手にかけてしまうファウストですが、もし「ファウスト」を先に読んでいたら、私は「カラマーゾフの兄弟」本編内最大の事件は長男ドミートリ―が起こしたと信じて疑わなかっただろうと思います。
彼も愛するグルーシェニカとの障害になっている父フョードルに対し、強い敵意を持っていたことが劇中を通して強調されていました。
ドストエフスキーは「ファウスト」からインスピレーションを得つつも、「カラマーゾフの兄弟」読者にファウストとグレートヒェンとの関係性が重なるように錯覚させることで、物語のミステリーとしての価値を高めたのかもしれませんね。
概して第一部は恋愛の喜び、そして悲哀がダイナミックに描かれています。
ここまで読み終わった時は、この一部だけでも悲劇としてよくまとまっているなと感じました。
しかし全体を読み終わってから振り返ると、この話は続く第二部をより壮大に見せるための伏線の意味合いが強いのかな?とも思いました。
第二部、格式高く。古代ギリシアへの冒険と志
第二部では、皇帝や宰相といった人々と関わり合う、いわば上流階級の中に入り込んで話が進みます。
彼らの国は資金繰りに困っていましたが、主人公たちは根拠もなく「地中に財宝が埋まっているから、それを担保に紙幣を大量発行して景気を良くしましょう」と言葉巧みに皇帝らを騙します。
鵜呑みにした彼らが紙幣を発行して国の借金を返還、家臣たちにも与えたことで、国中にお金があふれ国民たちも大量消費に浮かれ踊る事態となります。

この場面では、第一次世界大戦後の賠償金にあえぎ紙幣を大量発行してインフレが起こったドイツや、借金してでも株を買いまくった世界恐慌前のアメリカ、銀行が貸しまくったバブル崩壊前の日本が重なりました。
そして現在インフレが進むアメリカで、リボ払いを含む個人のローン残高(消費者信用残高)が膨らんでいるという報道も思い出されました。
In April, consumer credit increased at a seasonally adjusted annual rate of 10.1 percent. Revolving credit increased at an annual rate of 19.6 percent, while nonrevolving credit increased at an annual rate of 7.1 percent.
その後すっかり機嫌を良くした皇帝の頼みでファウストは、トロイア戦争の英雄パリス、そして彼が略奪した、ゼウスの娘たる美女ヘレネ―を呼び出します。
ここでメフィストフェレスが、キリスト教の概念上の存在である自分は古代ギリシアの登場人物とは相性が悪いという弱音を吐いており、クスリときました。
おそらくキリスト教の神ヤハウェと、ギリシア神話の主神ゼウスとの違いを念頭に置いた言及でしょう。
もしも皇帝が「ミョルニルを持ってこい」と注文しても、その持ち主トールが所属する北欧神話との相性の悪さをぶつくさ言うんでしょうね。
悪魔でもその辺の領分と言いますか、下地、ルーツの違いについての意識はきっちりしているんだな、と面白く思いました。
何とか二人を呼び出したファウストですが、ヘレネ―のあまりの美しさに見惚れてパリスに嫉妬してしまいます。
無理にヘレネ―をものにしようとしたところ、あえなく失敗に終わりました。
ホメロスの「イリアス」で書かれているように、パリスがスパルタ王妃ヘレネ―をメネラウス王から奪ったことがきっかけでトロイア戦争が起こったほどなので、その二人の恋路を邪魔するのは戦争を支配できるレベルの、英雄あるいは神にしかできない所業なのでしょうね。

その意味で、ファウストは英雄でも神でもない存在で、様々な力が与えられているものの、その後ろ盾が悪魔であることの影響は少なからず受けているということが暗示されているように思いました。
また二部中では、ファウストのかつての弟子ワーグネルが人間(ホムンクルス)を生み出そうと実験する最中に放った次の言葉が印象的でした。
「すぐれた思考力を持つ脳髄などは、
将来は思考家の手で創られることになるだろう。」
人間が人間をつくることについて語られた言葉でしょうが、私はこの一節を読み、昨今の人工知能(AI)開発が重なりました。
1993年には「今後30年以内に人間よりも賢い知性の創造が行われる」という予測がされており、その創造の時点は技術的特異点、シンギュラリティと呼ばれています(そろそろ期限でしょうか?)。
「すぐれた思考力を持つ脳髄」をシンギュラリティ以後(あるいは以前でも十分かもしれません)の人工知能と考えるならば、さしずめゲーテが語った「思考家」とは、プログラム、あるいはアルゴリズム≒思考の流れ、を考えだす者と見なせるでしょうか。
プログラマーは、ある意味現代の思考家≒哲学者と考えられるのかもしれませんね。
Within thirty years, we will have the technological means to create superhuman intelligence.
Vemor Vinge, "THE COMING TECHNOLOGICAL SINGULARITY: HOW TO SURVIVE IN THE POST-HUMAN ERA", 1993.
話は進み、前述のワーグネルにつくられたホムンクルスが人間の肉体を求めて古代ギリシア世界を彷徨うのですが、そこでまさかのタレスとアナクサゴラスが登場することに笑ってしまいました。
他に登場するのはセイレーンやラミア、スフィンクスといった怪物が主であるため、いきなり人間、しかも哲学者が出てきてちょっと驚きました。

劇中でタレスは水から生物が生じ、アナクサゴラスは火から生物が生じると考えて彼らは論争を繰り広げるのですが、後者が火成論者だというのは(自分の不勉強もあり)他の文献ではあまり見ないので、ちょっと不思議に思いました(万物の根源は火であると唱えたことで有名なのがヘラクレイトスということもあります)。
タレスを活躍させたい、でもちょうどいいかませ犬になる相手がいない・・・せや!アナクサゴラスに対立軸を担わせたろ!とゲーテが考えてちょいと手を加えたのかもしれませんね。
さらにタレスはアナクサゴラスとの論争に勝った後、ネーレウスやプロテウスといった海神たちとも対等に話をしており、やっぱり古代ギリシア哲学者の中でも一目置かれる存在だったのかな、と思いました。
悪魔メフィストフェレスはその頃、ポルキュアスという神話上の怪物に化けてヘレネ―の女中たちと口論するのですが、何となく諸葛孔明が赤壁の戦い前、呉の文官・賢人たちを次々と論破した様子が思い浮かびました。
ただ、三国志よりももっと口汚い罵り合いではありましたが。
女中がポルキュアスをなじり、それを逆手にとって女中をやりこめるというやり方は何とも言い難い気分で、それこそ様子を見ていたヘレネ―が言った「腹は立たないが、悲しくなってしまう」という気持ちになりました。
第二部では古代ギリシアの神々や怪物が多く登場するため、ホメロス「イリアス」「オデュッセイア」やヘシオドス「神統記」といった神話の知識もあるとより楽しめると思います。
というより、まっさらな状態で読むと少し冗長に感じるかもしれません・・・。
ギリシア神話の原典としてヘシオドスはページ数も少なくオススメですが、ホメロスはそれなりにカロリーがありそうなので、私も時間をとってじっくり読みたいなと思います。
後半では、二部冒頭に登場した皇帝たちが再登場します。
皇帝に対し反乱が起ころうとしており、鎮圧の助けをするためにファウストとメフィストフェレスが動きます。
ここも流石悪魔というべきでしょうか、二人はたくみに反乱軍を打倒し、ファウストは褒美として最後の事業を行うための海沿いの土地を手に入れます。
この時は、単にファウストは権力欲や支配欲のために土地を欲しがり、海を埋め立ててさらに領地を広げようとしているだけかと思っていました。
ファウストは晩年、海を開拓してできた土地で人々が力を合わせて津波や満ち潮に対抗し、働いて自由に暮らすことを美しいと考え、次の言葉を遺しました。
「日々に自由と生活とを闘い取らねばならぬ者こそ、
自由と生活とを享くるに値する」
ゲーテは、たとえ悪魔に唆されて放蕩を極めても、最期に悔い改めて他人のために行動する者は救われる、ということを伝えたかったのでしょうか。
あるいは戯曲の初めに神と悪魔が、ファウストが正しい道を歩むか、悪の道に堕ちるかという賭けをしていたことから、やはりなんだかんだ最終的に正しい道を歩んだと辻褄が合う、トータルでプラスになるような生き方をすれば良いということなのか、解釈の余地がありそうだなと思いました。
また何年か、あるいは何十年か後に読んでみると、違った受け止め方になりそうで再読が楽しみです。
おわりに、ゲーテと文学
ゲーテは早くから「若きウェルテルの悩み」で評価され、また実務では弁護士の資格を持ち、ワイマール公国の宰相を担うほどの優れた才を持つ人物でもありました。
一方で生涯をかけてこの「ファウスト」を書き上げたというのもまた、彼の粘り強さや文学・芸術への愛、さらにシラーといったよき理解者との出会いの賜物なのだと、しみじみ感じ入ります。
私も、何か文章を書いてそれが評価され、本を出して多くの人に読んでもらって・・・ということには漠然とした憧れがあります(今はブログという形で知らない人にも届くので、一部は達せられているとも言えますね)。
何かまとまったものを書いてみたいなーと思うことはあるのですが、大抵途中で飽きてしまったり、長い月日をかけて書くことに耐えられずパッと適当に終わらせたい衝動に駆られてしまいます。
ちなみにゲーテも同じようなことを考えていたのか、辛い時に「ファウスト腹案」として未完成のまま世に出そうとしたものの、周囲に止められて何とか書き進めていたようです。
私のところにもメフィストフェレスが現れてくれたら・・・と思いましたが、悪魔の口のうまさに魂を乗っ取られてしまう心配もあります。
やはりファウストが最後に辿り着いた、万人で協力して働き、自由に生活することを念頭にコツコツやっていくしかないかもですね。