platonのブログ

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あらゆる取引がオークションになった世界を考える~ノーベル経済学賞を受賞した理論を添えて~

はじめに

10月12日、スウェーデン王立科学アカデミーは2020年のノーベル経済学賞を「オークション理論の発展への貢献」をした2人の経済学者に授与すると発表しました。

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ノーベル経済学賞を受賞した2氏

ヤフオクなど一般にも目にすることが多く認知度の高いオークションですが、ノーベル経済学賞に選ばれるほどの貢献とはいったいどのようなものなのでしょうか。

簡単にオークション理論について解説した後、世界のすべてがオークションによって取引されるようになった日常を物語風に書いてみようと思います。

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オークション理論のイメージ


オークション理論とは何か

いわゆるオークションと聞いて私たちの頭に浮かぶのは、「イングリッシュ・オークション(競り上げ式オークション)」と呼ばれる種類のものです。

この方式は公開の場所で行われる、つまり他の入札者の提示価格をお互いに知ることができるという特徴があります。

公開入札方式では、逆に価格を下げていく「ダッチ・オークション(オランダ式)」という方式もあります。

これは売り手が徐々に価格を下げていき、買い手が入札したタイミングの価格で取引が行われるというオークションです。

 

別のオークションとしては、他の入札者の提示価格を知ることができない「封印入札方式」というものがあり、裁判所の不動産競売や工事の業者選定の多くはこちらの方式で行われます。

その中でも一般的な「第一価格オークション」は最高額を提示した入札者がその最高額で落札するものですが、この方式には問題点もあります。

 

具体例を見てみましょう。

プレイヤーAはオークションの商品に10万円の価値があると考えているものの、できるだけ安く落札したいと考えます。

そこで自分以外のプレイヤーB、Cがそれぞれ6万円、5万円の価値をつけると予想し、Aは勝てるギリギリの7万円で入札したとします。

蓋を開けてみると、プレイヤーB、Cの入札額はそれぞれ8万円、6万円だったために、Aは落札することができませんでした。

この場合「最も価値を高く評価していたプレイヤーAが落札できない」という問題点が発生するため、こうした駆け引きを解消する理論が「第二価格オークション」です。

 

第二価格オークションでは、落札するのは最高額を提示した入札者ですが、支払うのは2番目に高い入札額となります。

こうすることで、先ほどの例で10万円の価値を考えていたプレイヤーAはその額を正直に提示することで落札でき、支払うのは2番目に高い入札額の8万円となります。

この第二価格オークションは理論化した経済学者の名前から別名「ヴィックリー・オークション」とも呼ばれ、由来となったウィリアム・ヴィックリーは1996年にノーベル経済学賞を受賞しています。(なおヴィックリー氏はノーベル賞発表の3日後に心臓発作で亡くなっており、経済学者の間では「ビックリ―して心臓が止まった」とのブラックジョークがあるそうです)

 

こうしたオークション方式による分類の他に、商品自体で分類し理論化したのが今年の受賞者の一人、ロバート・ウィルソンです。

彼は事前に価値がわからないが最終的な価値は同じ商品(例えばどれだけ石油が掘れるかまだわからない油田など)を扱う方式を「共通価値オークション」とし、その場合に最高額を提示した入札者が被る損失である「勝者の呪い」について分析しました。

 

勝者の呪いとは、油田の例ですと最も価値を高く見積もった業者(=共通価値よりも高く評価したプレイヤー)が落札し、いざ掘ってみると自分が思っていたほど石油が採れず、最終的な油田の共通価値(=石油の販売価格)と落札額の差額分損をするという現象です。

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勝者の呪い

こうした勝者の呪いや共通価値オークションなどについて、前述のイングリッシュ・オークションやダッチ・オークションの場合などに拡張、統合して理論化したのがもう一人の受賞者、ポール・ミルグラムです。

 

また彼らは他にも周波数オークションに「同時競り上げ方式」を設計・導入、電波を売り出す政府・購入する企業・電波の利用者それぞれに多大なる利益をもたらし、これも受賞理由の一つとなっています。

携帯電話の周波数は同じ業者が広い地域で同じ周波数を使った方が事業者にとっても利用者にとっても得なのですが、従来の方式では地域それぞれでオークションが行われる場合、ある地域で周波数Pを落札しても別の地域で落札できなければすでに落札している地域における周波数Pの価値は下がるため、入札額を適切に決められないという問題が発生していました。

 

そこで新しい方式として設計された同時競り上げ方式では、様々な周波数をそれぞれの地域で売りに出しますが、事業者は1回限りの入札ではなく複数のラウンドで入札して価格を競り上げることができます。

またここではすべての地域・周波数の競り上げが止まるまで、事業者は入札をすることができます。

 

つまり事業者は広い地域でどの周波数を選び、利益を最大化できるかラウンドの都度検証することができます。

さらにある地域で欲しかった周波数が獲得できなかった場合は他の周波数に乗り換え、別の地域で改めて乗り換えた周波数に対して新たに入札することが可能になります。

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周波数オークション

この周波数オークションの成功事例は世界各国で横展開され、経済学が実社会に役立った例としてよく引き合いに出されます。

 

あらゆる取引がオークションになった世界

さて、長々とした経済学はこの辺にして、当初の目的に立ち返りましょう。

すべての取引がオークションになった世界へ・・・

 

―――――

―――

「いっけな~い遅刻遅刻!」

わたし、ロバート・ウィルソン!どこにでもいる普通の経済学者!強いて違うところをあげるとすればオークション理論に興味があるってとこかナ―――

 

電車に乗るために駅に着いたわたし。そこでいつもの声が響く。

「切符のオークションを始めまーす」

そう、最近は電車の切符もオークションで落札する必要があるの。

「あんまりお金使いたくないしなあ・・・」

わたしはいつものように自分の評価額より少し安い価格を提示した。

 

ところが、普段なら落札できるのに今日は高い金額を提示するやつがいた!

「僕の勝ちだね。第二価格オークションなんだから、正直に評価額を提示するのが得になるんだよ。知らなかったかな?」

ムキー!嫌なやつ!

ちょっとオークション理論に詳しいからって調子に乗って!

あんたがいなければいつも通り落札できたんだから!

わたしは結局その後の電車に乗るはめになり、学会に遅刻してしまった(トホホ)

 

―――

「やっと着いた・・・朝からクタクタ・・・」

わたしは遅刻しながらもなんとか入れてもらい、会場の席に着いた。

 

ちなみにこの席順も事前にオークションで決めたの。

後ろの席が人気だと思って高い金額を提示したけど、みんなはそうでもなかったみたい。

だからわたしは共通価値より割り増しのお金を支払うことになっちゃった。

他の人と交換交渉をしようとしても、みんなが適切だと思う価格とわたしの落札額が違いすぎ!

これが「勝者の呪い」ってやつなのかなあ?

 

そんなことを考えていると、司会者から発表があった。

「え~今日から新しく会員になったポール・ミルグラム君を紹介します」

 

こんな時期に新会員?

疑問に思うわたしは、檀上の人物を見て驚いた。

「あ!今朝の第二価格オークション!」

 

まさかあいつが同じ学会の新会員なんて。

「え~じゃあミルグラム君はウィルソンさんと周波数オークションについて共同研究してくれ」

げげ!よりによってあいつと共同研究なんて!

わたしの学者生活、これからどうなっちゃうの~~~

―――

 

おわりに

最初はオークション理論が普及した物語の方を重点的に書くつもりでしたが、オークション理論について調べていたら思ったより分量が多くなったのと、ほとんどエネルギーをそちらに消費してしまったことからバランスが逆転してしまいました。

とはいえノーベル経済学賞について学ぶいい機会になったので、たまにはこういうのもいいかなーと思います。

 

以下はノーベル経済学賞のリンクです。Youtubeで受賞者発表の配信もしていたそうで、放送当時どんなチャットがされていたのか気になりますね。

www.nobelprize.org

オークション理論の歴史については、↑のページにリンクがあるこちらのペーパーがわかりやすくまとまっています。英語なのでこれの解読に大部分のエネルギーを持っていかれました。

https://www.nobelprize.org/uploads/2020/09/popular-economicsciencesprize2020.pdf