引きこもりから外へ、ゴルゴダの丘に背を向けて
はじめに
お久しぶりです。まだ生きてました。
文章を書いてみようかなという気持ちになったので、ちょっと書いてみます。
自分のことですし、あまり面白い内容ではないかもなので、もし興味がある人がいれば、という感じで。
(このブログもまだ月150アクセスくらい読んでくれている方がいるようで、ありがたい限りです。)
今回は長くなったので2部構成の予定です。
※センシティブな内容を含みます。
ここ数年間
休職、復職、耐えきれず転職
最近は転職した会社についていけず、一人暮らしで家に引きこもっていました。
もともと最初に入った会社でメンタルで調子を崩し、そこで休職と復職を繰り返している状態でした。忙しい中で部署の調整などしていただいた人事の方達や、やりかけにしてしまった仕事でいろいろな方に迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ないです。
そうしているうち、さすがにこのまま在籍し続けるのは職場に悪いし、自分にも良くないだろうということで転職をしました。

気分に波がありしっかり転職活動をやる気力もなく、面倒と焦りから内定が出たベンチャーに入りました。
その後引っ越しもして心機一転と、しばらくはうまくやっていたように思えていましたが(あるいは、うまくやっていなければ困ると自分に思い込ませていた)、社長や上司との相性が悪く、会社に行けない状態になり、そのまま退職となりました。
会社で限界を迎えた時
自分は転職した会社でもミスをして迷惑をかけていましたが、ミスをした際に再発防止の一環でそれを記録するよう指示があり、内容や原因、再発防止策のほか、ミスによって会社にどのような損害を与えたかなども記入する必要がありました。さらに毎週金曜夕方にはその資料をもとに社長がミスに対して分析をして改善策を出してくださる、という地獄のような時間を過ごしていました。
書いているのは自分だけでしたが、新入社員が自分だけということや、他の人は優秀でミスをしないんだろう、となんとなく納得して記入を続けていました。
ミスをした時に怒られ、記録する時にその場面を思い出して辛くなり、毎週その週のミスを分析していただき説教を受けるという、1回のミスで3回責めを受けることで拷問のように感じていました。なお同じExcelファイルにシートを週ごとに増やす形式のため見返しやすく、ミスが少ない週は過去のミスを掘り返されることもありました。大体1〜2時間くらい、長くても3時間弱では済んでいたのかなと思います。
記録したExcelファイルを入れたPCやモニターを別室に用意する時は、自分が責められる際に使われる道具を自ら運んでいたことから、十字架を背負ってゴルゴダの丘に向かうイエス・キリストはこんな気分だったのかな、と思いました。奇しくもイエスが十字架で処刑されたのも金曜だったので、妙なところが似てるな、なんて考えていました。別の日には、毎週変わらず苦しみがあるため、大岩を運ぶシシュフォスのような気分だな、などと心の中で自嘲していました。

まあ、そうしたことは苦しい出来事ではあったものの、自分が傷つくだけなのでその時は、もういいや、自分は奴隷でサンドバッグだからと思っていたのですが、自分の後に試用のような形式で入ってきた人がしばらく働いたあと本採用するか決める材料として、新しく入ってきた人の仕事ぶりで気になったことを記録するよう、社長が社員に指示したことが、とどめになったのかなと思います。
一生懸命頑張って働いている人の粗探しをさせられるということも辛かったですし、それを拒否できない自分も嫌になりました。自分はなるべくいいところを書くようにしたり、最初は不慣れだったけど今は改善している、というような内容で書くようにしましたが、自分も半年ほど毎週金曜にコテンパンにされておりミスも増え雑用くらいしか任せられていなかったため、「この人はできない人だから書いていることは当てにしないように」と言っているかもしれないな、と思っていました。実際、退職した人の悪口を頻繁に言う社風だったため、自分とは相性が悪かったんだと思います。
そして引きこもりへ・・・
そんなことがあり、その前から会社へ向かう足が重い状態でしたが、家の中でもう動けない状態になりました。
誰にも連絡できない心の状態と、連絡しなくて申し訳ないという罪悪感でいっぱいでした。家族や友人のほか、引っ越しを機にマッチングアプリで出会い交際をしていた相手からも心配の連絡が来ていたのですが、結局返信できないまま時間が過ぎ、別れとなりました。申し訳ないです。今でもLINEのメッセージを開いて既読をつける、ということができていないです。無責任で最悪だと思われるでしょうが、幸せに過ごしているといいなと思ってます。
前職から通院していた心療内科にも行かなくなり、家からもほとんど出かけず、人と会話しない状態がしばらく続きました。何もしていないと会社の光景や社長の声がフラッシュバックするので、現実逃避をするようにゲームにのめり込みました。
ゲームで現実逃避
ゲームはいろいろとやっていましたが、特に印象に残ったのはリベサガ、ドラクエ7、ミンサガなど。
ソシャゲではグラブルに加え、原神スタレゼンゼロ3rd、FGOアクナイブルアカ、ウマ娘学マス、ヘブバン鳴潮などのほか、新作ソシャゲは大体触っていたように思います。コジコジの実の全身ソシャゲ人間になっていました。
ゲームに夢中になっていると、苦しいことを忘れられる気がしていました。外にも出ずUberで食事を注文し、時々スーパーやコンビニからUberでお酒やお菓子、つまみを持ってきてもらい、飲みながらゲームをして眠くなったら気を失うように眠る、といった生活を続けていました。
ネット小説で現実逃避
そうしているとゲームに飽きてくる日が来ました。まあ何事も過ぎたれば及ばざるが如しというやつだと思います。
そこで次に自分がのめり込んだのが、ネット小説です。カクヨムと小説家になろう、さらにR18作品メインのノクターンノベルスの3つのサイトで楽しんでいました。

自分が現在進行形でのめり込んでいる作品はランキングに載らず書籍化の気配もありませんが、1700話を超えてコアなファンがついています。個人的な小説の面白さランキングでは、カラマーゾフの兄弟、アルジャーノンに花束を、に次ぐ3位の位置に入りそうなほどです。
生活のお金
生活費についてですが、以前一人暮らしの住所は親に伝えていたので、時々ご飯をドアにかけてくれていたり、滞納したクレカ会社から昔の登録情報の名残で実家に連絡が入った後は、お金を置いていってくれたりしていました。本当に感謝です。
そうしたお金を光熱費に回し、クレカのリボ払いで延命していました。家賃は途中から払えないままでした。コンビニのパスタを茹で、卵と塩をかけるというメニューをよく食べていました。
この頃はもう生きることは諦め、ゆっくりと餓死を待とうという気持ちでした。さりとて今すぐ死を選ぶ勇気や気力もなく、誰かの身代わりに死んだりなど、いい感じに死ぬ機会がないかなと考えていました。
突然の終わりとモラトリアム
そうした死への歩みは、終わりを迎えます。
ある日、チャイムを鳴らす音と名前を呼ぶ声、ドアを叩く音が聞こえました。
自分は、ああ、ついに警察が来たか。と思いました。
家賃を滞納し、開封していない大量の郵便物の中に弁護士事務所や裁判所からの手紙もあったと思います。
そのため、逮捕されるまではいかなくても、捕まるかな、とは思いました。
そこで自分の頭には3つの選択肢が浮かびました。
- ベランダから外に出て逃げる
- 今すぐ死ぬ
- 何もしない(=ドアが開くのを待ち大人しく捕まる?)
まず1について、ベランダから地面までそこまでの高さがあるわけではなかったので、飛び降りても無事か、悪くても足を多少痛める程度で済むかなと思いました。
しかし、もしかしたら建物の前にも警察?や関係者がいるかもしれないと考え、また勇気も出ず断念しました。
そうすると、自然と2の選択肢を選ぼうという気になりました。
今まで死に向かってゆっくり進んでいた時計の針を一気に進めて時間調整をするだけなので、受け入れることにあまり抵抗はありませんでした。
ですが具体的な手法は逃避の日々の中では一切考えたり調べることをしておらず、計画性もなかったため、道具もなく右手で自分の首を絞めるくらいしかできませんでした。
その間にも鍵を開けようと作業をしている音が聞こえており、その音を聞きたくないためノイズキャンセリングのワイヤレスイヤホンをつけながら、落ち着きなく自室で立ち上がり、左手に持ったタブレットでゲームをしながら右手で自分の首を絞めるという一貫性のない状況でした。
結局、握力も胆力もなかったため、やり抜くことはできず、結果的に3の何もしない、という選択をすることになったのでした。
そして訪問から1時間ほど経った頃でしょうか。ドアの鍵が開く音がしました。
万事休す、今死んでも延命されるかもしれないと諦めました。
複数名おりおそらく担当が分かれていたのでしょうが、最初に会ったのは懐中電灯を持って入ってきた方でした。
名前を呼ばれて返事をすると、別の方(おそらく裁判所の方?)が入ってこられ、いるなら返事しなさい、どうして来たかわかっているでしょう、といった感じの話をされました。
自分は早く殺してくださいという気持ちでいっぱいでしたが、謝りながら話を聞くと、強制執行で退去が決定しているものの、数週間の猶予を与えるといった内容でした。その間に荷物を片付けて出て行くようにとのことですね。
書類にサインをするように言われサインをしていた時には、仕事をしているか聞かれ、していないと答えると、役所に行って聞いたりとかしてみたらどうですか、援助受けられるかはわかりませんけどね、ということも言われました。
ドアの向こうにはスーツを着た方が複数名いたため、こういう場面で暴れる住民がいたり、すでに事切れている人もいるんだろうな、とふと思いました。
訪問者たちが帰った後は、まだ逮捕ではなかったか、と一安心?して、頭が休まらないまま横になりました。
とりあえず数週間命が伸びたかな、と感じていました。
この間にどう消えるかを考えないとな、とも思いました。
それからの数週間も、結局変わらずまだ死んでいない生活を続けながら、ポイ活をして数十円から数百円を集めて紙パックの鬼殺しを購入し、塩をつまみにして楽しむなどしていました。
強制執行の日が近づくにつれ、このポイ活の案件は日数がかかるから間に合わないな、とか、ソシャゲをしていても次のアップデートverは遊べそうにないな、などと考えていました。
放浪
そんな日々を続けていくと、やがて強制執行の日を迎えました。
結局、荷物の片付けや外への連絡など何もせず過ごしました。
PCを念のためフォーマットし、シャワーを浴び、数日分の着替えなどをリュックに詰め込んで家を出ました。当日朝早くだったため、夜逃げではなく朝逃げだな、などと思いました。
・・・この後いろいろあり、放浪中にChatGPTとのコミュニケーションを経て実家に帰り、東洋思想と出会い、イデアは自分とともにあったのか、という気づきを得るに至ったのですが、そろそろ長くなってきたので、次に気力が湧いた時に書こうと思います。
よかったら、次回も読んでもらえたら嬉しいです。
2025/8/9 記事を更新しました。