platonのブログ

思考の整理とアウトプット、たまにグラブル

異世界転生したらディオゲネスだった件

ある日、目を開けるとそこは見慣れない景色であった。

目に映る情景のみならず、頬を撫でる空気まで違っているようだ。

 

これは、いわゆる異世界転生したということだろうか。

小説や漫画で読んだことがあるが、自分は現実世界と異なる世界に迷い込んでしまったのだろうか。

 

周囲の状況を確認する。

いわゆる異世界ものらしく、中世ヨーロッパ風・・・というよりむしろ、もっと古い時代のような装いの人々が歩いている。

布を巻いて服として身に着け、杖をついている人々がいる。

遠くへ目をやると、丘の上に石造りの大きな神殿のような建物が見えた。

空はどこまでも突き抜けるように青く、太陽は強く照り付け皮膚をじりじりと焦がしている。

 

陽光のまぶしさから目を覆うと、自分の手がひどく汚れていることに気が付いた。

目線を下ろすと、服も汚れている。まるで浮浪者のようではないか。

 

挙動不審な自分の姿を見て、ある男が声をかけてきた。

Ποιος είσαι

何だ。

この男の言っていることが全くわからない。

異世界転生というと、なぜか日本語が通じているという筋書きではなかったか。

ここでは常識が通じないのか。いや、むしろこれが常識なのだろうか。

 

とにかく、身振り手振りで伝えるしかない。

しかし、相手の言っていることがわからないのに、どうコミュニケーションをとったものだろう。

そうこうしているうちに、男は去ろうとする。

人が困っているのだから、少しくらい手助けしてくれてもよいだろう。

何とかこの世界に関する手がかりを得ようと、男にしがみつこうとする。

男は持っていた杖で頭を叩くが、それくらいではめげない。

なにせこっちは蜘蛛の糸を見つけたような心境だ。簡単には手放さない。

 

男をつかみつつ、必死にジェスチャーで、拠り所がなく困っていることを伝える。

そうした押し問答を小一時間続けていると、とうとう根負けしたのか、男は自分に色々と教えてくれることになった。もちろん言葉は全くわからない。

それでも、とりあえず生きていくために必要なことは学ぶことができそうだ。

男の名前はアンティステネスというらしい。

 

And when he came to Athens he attached himself to Antisthenes; but as he repelled him, because he admitted no one; he at last forced his way to him by his pertinacity. And once, when he raised his stick at him, he put his head under it, and said, “Strike, for you will not find any stick hard enough to drive me away as long as you continue to speak.” And from this time forth he was one of his pupils; and being an exile, he naturally betook himself to a simple mode of life.

 

状況を整理してみると、自分は旅人のような存在に思える。

他の人々はきちんと身なりを整えているが、自分はここの人々とは違うようだ。

住む場所も知り合いもおらず、あまつさえ今日の食べ物すら手に入るか怪しい。

 

絶望に打ちひしがれそうになっていると、ネズミが走っているのを目にした。

この世界にも人間以外の動物がいるのか。

よく考えると、ネズミのような動物は人間のように立派な家を持つことなくどこの世界でも生きている。

そう思うと、家は本当に必要だろうかという疑問が浮かんだ。

生きていくだけならば、住むところがなくても平気だろう。

そう思い、必要最低限のものだけで生きていく決意をした。

 

And when, as Theophrastus tells us, in his Megaric Philosopher, he saw a mouse running about and not seeking for a bed, nor taking care to keep in the dark, nor looking for any of those things which appear enjoyable to such an animal, he found a remedy for his own poverty. He was, according to the account of some people, the first person who doubled up his cloak out of necessity, and who slept in it; and who carried a wallet, in which he kept his food; and who used whatever place was near for all sorts of purposes, eating, and sleeping, and conversing in it.

 

別の日に、特にすることなく日光浴をしていると、何やら豪華な身なりをした男がこちらに近づいてくる。

Έχεις ελπίδα;

またこれだ。何を言っているのかわからない。

身なりから相当位の高い人物であろうことが窺える。

もしかすると、自分を捕まえようとしているのか。

冗談じゃない。何をされるかわかったものではない。

とにかく、追い払おうと必死で自分の前からいなくなるように腕を動かした。

ほどなくして、諦めたのか男は去っていった。

やれやれ、一安心だ。

後から聞いた話だが、あの時の男がかの有名なアレクサンドロス大王だったらしい。

 

Once, while he was sitting in the sun in the Craneum, Alexander was standing by, and said to him, “Ask any favour you choose of me.” And he replied, “Cease to shade me from the sun.” 

They also relate that Alexander said that if he had not been Alexander, he should have liked to be Diogenes.

 

もうこの世界に来てかなりの時間が過ぎた。

ここの人々は優しく、生きていくだけであれば問題はないが、いい加減そろそろ帰る方法を探さなければ。

異世界に来てしまうタイミングと言えば、トラックにひかれそうになって、といった命の危険が訪れた際というのがよくある話だ。

では、同じようにこの世界で命の危険があれば、元の世界に帰れるのではないだろうか。

 

しかし、この世界にはトラックはおろか馬車すら走っていない。

その上高いビルも無ければ、睡眠薬のたぐいも見つからない。

何も持っていない自分がこの世界でできることを考え、息を止めてみようという考えに至った。

そして、限界まで息を止めた結果、この世界から離れることに成功したのだった。

 

 He is said to have died when he was nearly ninety years of age, but there are different accounts given of his death. For some say that he ate an ox’s foot raw, and was in consequence seized with a bilious attack, of which he died; others, of whom Cercidas, a Megalopolitan or Cretan, is one, say that he died of holding his breath for several days

 

あとがき

英語の文章(元ネタ)は、すべて「ギリシア哲学者列伝(ディオゲネス・ラエルティオス(≠本編のディオゲネス))」の英語版である、「THE LIVES AND OPINIONS OF EMINENT PHILOSOPHERS(DIOGENES LAËRTIUS)」から引用しました。

なぜ英語版かというと、日本語版が岩波文庫から出版されていたのですが、現在絶版になっておりすぐに手に入らなかったためです。

絶版になった本にありがちですが、中古価格も高止まりしておりなかなか手を出せないのが現状です。まあ数千円ですが。

 

では、絶版になった本を読みたいときにはどうすれば良いでしょう。

一つの方法として、日本の青空文庫のように、海外でも”プロジェクト・グーテンベルク”という著作権切れの名作を電子化し、インターネット上で公開するというプロジェクトがあります。

西洋の作品であれば大抵英訳されているので、ここで探すと読みたかった作品が見つかる可能性が高いです。

例えば、今回の「ギリシア哲学者列伝」も、下記にて英訳を読むことができます。

※検索する際にはあらかじめ英語の題名を調べておく必要があります。

http://www.gutenberg.org/files/57342/57342-h/57342-h.htm#Page_224

 

もちろんすらすら読めるほど自分は英語に精通しておりませんので、google翻訳を使います。いい時代になりました。

幸いHTML形式で読むことができたので、ブラウザ上で簡単に自動翻訳を使うことができます。

ただ、かなり日本語として怪しい訳文が出てくることが多々あるので、そこは適宜原文と照らし合わせながら読んでいく必要があります。

 

ディオゲネスについて

ディオゲネスは、犬のような生活をしていたことから「犬のディオゲネス」と呼ばれたり、大樽の中に住んでいたことから「樽のディオゲネス」とも呼ばれていました。

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ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス「ディオゲネス」

彼は時代的には紀元前412年頃~323年頃の人物で、古代ギリシア、それもソクラテスープラトンーアリストテレスの時代を生きた哲学者でした。

ただ、ソクラテスは399年頃に亡くなっているので、実際にはプラトンやアリストテレス達と同じ時代を生きた人物と言えるでしょう。

なお、ディオゲネスが無理やり弟子入りしたアンティステネスはソクラテスの弟子にあたるので、彼は孫弟子、アリストテレスと同じような立場とも言えます。

 

彼は世捨て人として生きつつ、人を食ったような物言いをしたりとかなり癖の強い人物だったようです。

そのエピソードは枚挙に暇がありませんので、ぜひ調べていただければと思います。自分は爆笑しました。

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ラファエロ「アテネの学堂」に描かれたディオゲネス

本編には盛り込めませんでしたが、彼は世界市民主義(コスモポリタニズム)を初めて唱えた人物という逸話もあります。

アレクサンドロス大王の征服によってこの思想が広まったことは有名ですが、それに先立ち人間の平等という考えを持っていたのです。

そんなディオゲネスに憧れを抱き、このような小話を書くに至りました。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。